中津 篤
北海道において造林施業上最も間題になっている害獣としてエゾヤ チネズミがあげられる。この種による造林木への被害を未然に防ぐためには,本種の個体群変動機構を解 明して,正確な発生予察を行うことが重要である。そのためには,本種における個体群変動の地域差の発 現機構を解明することが先決である。そこで,ここでは1973年から1975年までの北海道4地区(Fig.1)に おける定期発生予察調査(年3回)で得られたエゾヤチネズミ16,281頭を主な材料として,そのネズミの 個体群構成,繁殖状態および個体群変動について他の野鼡類との比較をも一部考慮して地域差の検討を行 った。
調査は造林地と周辺天然林において並行して行われ,材料をすべて体重(小数点以下第1位を四捨五入) 区分別に,20g以下(幼獣),21〜25g(亜成獣),26〜30g(成獣T),31g以上(成獣U)の4つのグルー プに分けた。繁殖状態については,雌では妊娠中のもの,および発達したあるいは分娩後の子宮を持つも のを,雄では大きな精巣を持つものを繁殖活動個体と見なした。
エゾヤチネズミの体重構成については,6月上旬では31g以上の個体(成獣U)が北・中・東部で最も高 い割合を示したが,南部では26〜30gの個体(成獣T)が高い割合を示した。その後,季節の推移と共に, とくに北・中・東部において30g以下の個体が徐々に増加した(Fig.2)。性比には地域差は認められず, 予察資料からみた限りではすべての地域で雄は雌に比べて個体数が多かった(Table 2)。
平均胎児数については,北・中・東部が南部に比べて多い傾向にあった(Table 3)。また,発生予察 期(年3回)における雌雄成獣の総個体数に対して占める繁殖活動個体数の割合は,雌雄ともに南部に比 べて北・中・東部でより高い値を示した(Table 4,6)。一方,妊娠率における地域差は明確には認めら れなかった(Table 5)。なお,エゾヤチネズミの個体群構成および繁殖状態については,造林地と周辺 天然林の間に明確な差異は認められなかった。
優占種はエゾヤチネズミであり,Apodemus spp.(エゾアカネズミ A.speciosus ainu (THOMAS)とカラフトアカネズミ A.giliacus(THOMAS) の両種を含む)およびヒメネズミ Apodemus argenteus(TEMMINCK)の個 体数はエゾヤチネズミに比べると少なく,ミカドネズミ Clethrionomys rutilus mikado (THOMAS)は最も少なかった(Fig.3)。エゾヤチネズミの個体数は周辺天然林よ りも造林地に多く,Apodemus spp.のそれは逆の傾向を示した。つぎに,エゾヤチネズミの個体 群変動については,南部に比べて北・中・東部でより急激な増加を示した(Fig.3)。このことは,前述 の個体群構成および繁殖状態の結果をよく反映しており,これらが野外における個体群変動に重要な役 割を演じていることが判った。更に,最大密度の到達時期について他種との比較を試みると,東部を除 いた地域では Apodemus spp.およびヒメネズミ(8月)がエゾヤチネズミ(9月または10月)に比 べて早い時期に認められた。
全文情報(1,851KB)