森林生産の場における根系の機構と機能 第5報

土壌への物質還元と孔隙形成(英文)

苅住 f

   摘要

 立木の伐採や枯損によって根系が腐朽して,これが土壌へ還元する無機塩類や有機物,また土壌中に形成する孔隙は,土壌の理化学性や物質循環に影響して 森林の再生産に役立っているものと考えられる。こうした根系のもつ機能を定量的に解明することは,森林生産カの評価予測に必要な情報として欠かせないが,報告はきわめて少ない。
 本研究では,根系のもつ土壌の理化学性の改善機能を明らかにするための基礎資料を得るため,前の4報告で調査した種々の林齢からなるスギ,ヒノキ,アカマツ及びカラマツの各林分の根系 の現存量と分布に関するデータ及び各林分から選定した試料木について器官別に分析した無機塩類(窒素,リン酸,カリ,カルシウム)濃度を用いて,各林分の塩類量及び伐採したときに地下部 に残る根量と塩類量を推定した。また,根系がつくる孔隙量も試算した。結果の概要は以下のとおりである。
  1 林分の器官別無機塩類の現存量
標準木の器官別塩類濃度と器官別のバイオマス量からha当たり林分の塩類量を求めた。地上部と地下部のha当たりの量は,いずれの塩類についても根元断面積が大きくなるにつれて増加して, ほぼ一定となる。樹種間ではスギの量が最も多く,次いでヒノキで,アカマツ,カラマツは少ない。例えば,一定となったときの地上部と地下部の窒素量は,おおよそスギで400sと60s,ヒノ キで250sと50s,アカマツで200sと45s,カラマツで150sと40sである。地下部の量を根の大きさ別にみると,太い根では地上部と同じ傾向であるが,細根のような小さな根では断面積が大 きくなるにつれて増加したのち減少する。これは成長の盛んな若い林分では細根の養分吸収が非常に活発で大きく,バイオマス量も相対的に多いことによる。
  2 物質の総生産量と還元率
(1)バイオマスと無機塩類量の総生産量
 落葉量を各樹種ごとの年平均落葉率から,落枝量をMollerの式から算出し,現存量とあわせてバイオマス総生産量とした。ha当たりのバイオマス総生産量は林齢が大きくなるに従い多くなるが, 器官別の生産量割合は各樹種とも20年生以上の林分ではほぼ同じである。例えば,スギでは20年生と40年生の総生産量はそれぞれ180トンと439トンであるが,割合はいずれも地上部約86%,地 下部約14%である。また,地上部では葉の割合がヒノキで37%と他樹種の約30%に比べて大きい。地下部では細い根(0.5p以下)の占める割合がヒノキ,スギで大きい。一方,これらのバイオ マス生産量をべ一スにして算出した無機塩類の総生産量は,バイオマスの場合とほぼ同様の傾向である。総生産量はいずれの塩類もスギで多く,例えば40年生林分の窒素は,ha当たりスギ1 304 s,ヒノキ914s,アカマツ958s,カラマツ1 245sである。また,塩類の間では濃度を反映していずれの樹種もリン酸が最も少なく130〜245sである。器官別の生産量割合ではいずれの樹種も 塩類濃度の高い葉部で大きく,従って全体に占める地上部の割合も90%以上である。地下部では細い根ほど塩類濃度は高いがバイオマス量を反映して太さ5p以上の根を除いて太さ別の割合には 大きな違いはない。
(2)物質の還元率
 還元率は総生産量に対する林地への還元量の割合で表される。今,伐採によって幹の75%が林外に持ち出されたと仮定して還元率を検討した。伐採後,林地に残されるバイオマス量は林齢に比例 して直線的に増加するが,還元率は減少する。これは葉量の占める割合が若い林分で大きいことによる。例えば,10年生と40年生の林分の還元率はそれぞれ80〜90%と65〜73%である。一方,こ の時の無機塩類の還元率もバイオマスと同じ傾向であるが,値は高い。例えば,窒素では各樹種とも90%以上の率である。これは塩類を多く含む葉や枝が林地に残されるためである。特に,ヒノ キは落葉と枯枝の占める割合が多いため,還元率が他の樹種に比べて大きい特徴をもつ。
現実には還元率は枯死した根量を考慮しなければならないが,枯死量を正確に把握することは極めてむつかしい。ここでは次のような算定によって枯死量を推定した。落葉落枝を含めた地上部の バイオマス総生産量と地下部のバイオマス量の合計値に地上部のバイオマス量に対する地下部のバイオマス量の割合を掛けた。この根拠は光合成生産物が器官の割合に比例して配分されることを 前提としている。この結果,スギ40年生の林分の例では,枯死した根量はha当たり45トンとなり,総生産量の10%に相当する。還元率も68%から71%に増える。窒素は,53s増え総生産量の4 %に相当するが,還元率はほとんど変わらない。
  3 土壌層位別の塩類集積と根による孔隙形成
(1)層位別の根の現存量と塩類集積量
 根のバイオマス量と層位ごとのバイオマスの分布割合から算出した層位別の根のバイオマス量は,いずれの樹種も表層ほど多いが,深い層でのバイオマス量はヒノキ,カラマツで極めて少なく, アカマツで多い。これらはそれぞれ浅根性,深根性樹種の特徴を示している。各層位のバイオマス量は林齢の進行とともに増加する。増加割合は若齢林で著しい。層位別の塩類量は根のバイオマ ス量の分布に対応している。表層30p(層位T〜U)までに分布する根に蓄積される無機塩類量はスギ,ヒノキ,カラマツで80%以上であるが,アカマツで約70%と少ない。こうした傾向は塩類 を多く含む細根量の多少によっている。例えば,表層での窒素量はヒノキで最も多く,スギ,カラマツ,アカマツの順に少ないが,下層になるとヒノキの量は急に減少してスギの量が上まわる。 これは細根量の減少に対応している。
(2)層位別の根の容積と孔隙量
 伐採後の根の腐朽によって腐食質の蓄積とともに孔隙が形成される。孔隙量の推定をするため,根の容積を土壌層位別の根のバイオマス量と平均密度から算出した。表層からの深さが30pまでの あいだで,孔隙量は40年生のスギ,ヒノキ,アカマツ,カラマツでそれぞれ129,83,74,70m3である。これらの量はアカマツを除いて全孔隙量の80%以上を 占めている。アカマツは深根性のため孔隙の垂直分布の幅が広い。また根の大きさによって孔隙の大きさも異なる。40年生スギの例では,層位Tにおいて2o以下の孔隙量は1.6m3, 2〜5oは2m3,5〜20oは3.4m3,20〜50oは2.7m3,50o以上は57m3 である。
 以上の点から根系は無機塩類を供給し孔隙を形成することによって土壌の物理・化学的性質の改善に大きく寄与している。その寄与は特に表層土壌に対して大きい。このことは細根密度の分布 と土壌の諸特性値との関係からも示される。すなわち層位による細根密度の大きさの違いと土壌の容気率,孔隙率,全窒素,置換酸度などの層位間の違いとよく一致している。

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−森林総合研究所研究報告−
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