高野 肇
都市近郊林の公益的機能が強調されている今日,都市開発に 伴う森林緑地の滅少と鳥相に関する調査研究は極めて少ない。こうした状況において,都市近郊の 森林緑地の構造と鳥相の変遷を解析し,今後の都市近郊林における野生鳥獣の保護管理技術を確立 することが急務とされている。本資料では森林総合研究所多摩試験地及びその近隣地域を対象に, 森林緑地の変遷と,1930年から実施した標識調査及びその後の現地調査資料に基づいて解析した鳥 類群集の変化とを関連づけた。多摩試験地周辺の森林や緑地は,1950年代に土地利用面積の95%で あったが,1980年代には30%に減少した。さらに森林は宅地化の進展により11%にまで年々減少し た。試験地は1950年代には松くい虫披害によりアカマツが消失し,代わって落葉広葉樹が上層を覆 った。試験地内の鳥類標識調査は,1930年から1970年まで,10月から翌年1月までの渡りの時期に 実施されていた。この未発表資料と1977年以降の現地調査資料によると,観察,記録された種類は 34科122種であった。補獲標識された種類は17科51種,約30 000個体であった。補獲個体数が多かっ た種はホオジロ,アオジ,カシラダカの3種であった。一方,1930年代には多数捕獲されたツグミ, アカハラ,シロハラ,マミチャジナイといったツグミ類が1948年以降ほとんど補獲されなくなった。 これは1942年ころのアカマツ林の大量伐採により森林が失われ,これらの鳥類が渡りのコスを変え たためと推定される。多摩試験地で捕獲された鳥類の群集構造を竹谷による多様度指数でみると, 都市開発が始る前後には平均0.73であったものが,森林伐採などによる森林緑地の滅少により低下 し,1970年ころには指数は平均0.57となった。鳥類群集の安定には森林の有無が大きく関係してい ることが示された。都市開発が始まる1965年ころまでは100種以上が記録されていたが,森林緑地の 滅少した1980年ころには85種となり,さらに現在では30科77種となっていて,都市開発が始まって 以来,約30種が記録されなくなった。このことはまた,現在わずかに観察されるフクロウ,カワセ ミ,アオゲラ,アカゲラなども,将来これ以上開発が進むと消えていくものと推定される。出現種 の65%が渡り鳥と漂鳥で,そのうち森林緑地を生息場としているものは76%であった。採餌の面か らみると,地上や樹上で昆虫や種子を餌とする種類は変化が少なく,もっとも滅少した種類は樹上 や地上で鼠類や小鳥を食う肉食性の種類と,川や沼で昆虫や魚介類を食う種類であった。都市化が 進行すると,初期に消失するのは森林緑地を渡りのコスに利用している種類や採餌場,営巣場にし ている種類である。多摩試験地は小面積ではあるが,いまなお都市近郊林として野生鳥獣にとって は重要な生息場であり,その機能を果たしている。
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−森林総合研究所研究報告−
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