平成20年 4月 4日
森林総合研究所がアジア産マツタケの原産国判別法を開発
~DNA分析で判別が可能に~
独立行政法人 森林総合研究所
森林総合研究所は、マツタケの染色体上におけるレトロトランスポゾンと呼ばれるDNA配列を指標にして、アジア産マツタケの原産国を判別する方法を開発しました。
食の安全・安心が強く求められる中で、輸入食材の原産国表示等の信頼性確保がより重要となっています。マツタケは商業価値の高い野生きのこですが、近年、日本で流通するマツタケの約95%は外国産であり、関税の施行・適正価格の設定からそのトレーサビリティー管理が求められています。本判別法では、日本産、朝鮮半島地域(韓国・北朝鮮)産、中国北東部産、チベット地域(中国南西部及びブータン)産のマツタケを誤判率5%で識別可能です。また、極東地域(日本、韓国、北朝鮮及び中国東北部)産のマツタケ同士、あるいはチベット地域産のマツタケ同士は類縁性が非常に高いこと、その一方で極東産マツタケとチベット地域産マツタケの間には類縁性が低いことが分かりました。本判別法は、マツタケのトレーサビリティー管理に役立ちます。
独立行政法人 森林総合研究所 理事長 鈴木 和夫 |
|
研究推進責任者: | 森林総合研究所 研究コーディネータ 中島 清 |
研究担当者 : |
森林総合研究所 きのこ・微生物研究領域 |
広報担当者 : | 森林総合研究所 企画部研究情報科長 中牟田 潔 Tel:029-829-8130 Fax:029-873-0844 |
【背景】 マツタケは樹木と共生するきのこで、今日まで人工栽培ができず、野生きのこのみが流通しています。近年、国内で流通しているマツタケの約95%は外国産で、マツタケの原産国を対象にしたトレーサビリティー管理が強く求められています。この背景には、原産国がマツタケの価格形成に大きく影響すること、関税率が輸出国によって異なること、そしてなによりも食の安全・安心が強く求められる社会事情などがあります。アジア産、地中海沿岸産、及び北中米産のマツタケはきのこ(子実体)の形態からそれぞれ区別がつき、分類学的な種も異なります(図1)。しかし、アジア産マツタケは同じ種で、形態による区別も困難です(図1)。また、平成18年度現在、輸入量もアジア産がその大半を占め、中でも中国産は全体の70%を占めます*。幸いなことに、マツタケは現在、野生きのこのみが流通しているため、マツタケが世界各地域に拡がり進化した軌跡をたどることのできる特異的DNA配列を見つけることができれば、トレーサビリティー管理の指標として応用することが可能です。私たちは、この点に着目し、DNA分析によるアジア産マツタケの原産国判別法を開発しました。 *平成19年度は、農薬問題で中国産が20%以上減少し、また経済制裁で北朝鮮産が0%となった一方で、 北米産が急増したと輸出入統計に報告されています。 【成果】 私たちは、マツタケの進化過程の解析に利用できる「レトロトランスポゾン」というDNA配列に着目しました。このレトロトランスポゾンは、マツタケ染色体におびただしい数で存在することから、マツタケが種として確立された過程で増えたり染色体上の位置を転移したマツタケに特有なDNA配列と考えられています(図2)。今回、マツタケがアジア各地に拡がりながら進化した過程を推定できるレトロトランスポゾンを見つけ出し、これを指標にしてアジア産マツタケの原産国判別法を開発しました(図2)。 具体的には、農産物の品種判別や環境中の微生物群の検査、血縁関係の分析や犯罪捜査など、幅広い分野で使われているPCR法という極微量のDNAから目的とする長さや配列の異なるDNAを特異的に増幅し分析する手法を応用した簡便なDNA分析方法です。今回開発した分析方法では、レトロトランスポゾンが集まった領域の長さを指標に用いました。この分析法を使うことにより、試験したマツタケ95菌株で、日本産、朝鮮半島地域(韓国・北朝鮮)産、中国北東部産、チベット地域(中国南西部及びブータン)産のマツタケを誤判率5%で識別可能でした(表1、図3、図4)。また、極東地域(日本、韓国、北朝鮮及び中国東北部)産のマツタケ同士、あるいはチベット地域産のマツタケ同士は類縁性が非常に高いこと、その一方で極東産マツタケとチベット地域産マツタケの間には類縁性が低いことが分かりました(表1、図3、図4)。 【成果の活用法】 DNA分析によるアジア産マツタケの原産国判別が誤判率5%程度で出来るようになりました。この成果は、トレーサビリティー管理への応用が可能であり、その結果、輸入品が大きく占める日本のマツタケ市場において、適正な価格設定や食の安全のための品質管理など販売者と消費者との信頼関係の構築に役立ちます。また、関税の公正性の面から、取引相手国と日本国との信頼関係の構築に役立ちます。現在、検査の現場に役立てていただくために、本判別法の詳細が閲覧できるホームページを準備しています。 マツタケのDNA原産国判別法(2008.04.09掲載) 本研究は、財務省関税中央分析所、信州大学農学部、滋賀県森林センターと緊密に連携して行われました。 【用語解説】 遺伝子マーカー 染色体上にあり、特定の生物種や系統を区別する上で標識となる遺伝子。 塩基 DNAやRNAの化学構造の構成要素となっている窒素を含む複素環式化合物。 誤判率 誤判検体数を、供試検体総数で割って2項分布95%信頼区間で導き出した数値。 誤判率5%以下が信頼度の基準。 ゲノム ある生物のもつ全ての遺伝情報をいう。 子実体 菌類が胞子形成のために作る、複合的な構造。一般にきのこと呼ばれている。 染色体 動植物細胞内の有糸分裂の際に観察される塩基性色素で染まる棒状の構造体。 遺伝情報を担う生体物質。 DNA デオキシリボ核酸の略。遺伝子を含む染色体の本体。 トレーサビリティー 農産物や製品の流通経路を生産段階から最終消費段階あるいは廃棄段階まで 追跡が可能な状態をいう。追跡可能性とも言われる。 PCR (ポリメラーゼ連鎖反応) DNAを増幅するための技術で次の特徴を持つ。 * ヒトのゲノムのような非常に複雑な、しかも極めて微量なDNAの溶液のなかから、 自分の望んだ特定のDNA断片だけを選択的に増幅させることが可能。 *増幅に要する時間が2時間程度と短い。 *プロセスが単純で、全自動の卓上用装置で増幅できる。 *基礎研究から、医療、犯罪捜査、生物の分類などDNAを扱う作業全般で極めて 重要な役割を担っている。 マツタケ 生きた樹木の根に宿り、樹木と共生する食用きのこの一種。未だ人工栽培が出来ない。 レトロトランスポゾン 「可動遺伝因子」の一種であり、多くの真核生物組織のゲノム内に普遍的に存在する。 レトロエレメントは、自分自身を RNA に複写した後、逆転写酵素によって DNA に複写 し返されることで移動、つまり「転移」する。レトロエレメントの転移では、DNA 配列の複 製が起こる。レトロエレメントは、植物では特に多く、しばしば核 DNA の主要成分となる。 【本成果の発表論文】 タイトル:Traceability of Asian matsutake, specialty mushrooms produced by the ectomycorrhizal basidiomycete Tricholoma matsutake, on the basis of retroelement-based DNA markers (レトロトランスポゾンをマーカーにしたアジア産マツタケの原産国判別法) 著 者:村田仁(きのこ・微生物研究領域きのこ研究室)、 馬場崎勝彦(きのこ・微生物研究領域きのこ研究室)、 三枝朋樹(財務省関税中央分析所)、 竹元賢治(財務省関税中央分析所)、 山田明義(信州大学農学部)、 太田明(滋賀県森林センター) 掲載誌:アプライド・アンド・エンバイロンメンタル・マイクロバイオロジー (米国微生物学会、http://aem.asm.org/) 巻号(年):74巻7号2023-2031頁(2008年) |
|
|
|
![]() 図1 アジア産(日本産と中国産)と地中海沿岸産(トルコ産)マツタケ |
|
|
|
![]() 図2 マツタケの原産国判別法の原理 |
|
|
|
![]() 図3 PCR法-I(上段)とPCR法-II(下段)の解析データの例 PCR法で増幅したDNAは、その有無と長さ(塩基の数 [bpと表示]) を反映したバンドとして確かめることが出来ます。 |
|
|
|
表1. マツタケ原産国判別法におけるDNAプロフィール![]() |
|
|
|
![]() 図4 レトロエレメントに基づくアジア産マツタケの分布 |
|