プレスリリース
 

平成21年 5月11日

独立行政法人 森林総合研究所
 
火山灰土はイオウを捕え、貯めている
 

ポイント
 ・ 森林総合研究所関西支所は、火山灰土に貯め込まれたイオウを測定する方法を開発し、火山灰を多く含む日本の森林土壌は、欧米の土壌の数倍ものイオウを貯めていることを明らかにしました。
 ・ 土壌中のイオウは火山灰の成分としっかり結合しており、欧米に比べて日本の森林土壌は酸性化が進まず、養分流出やアルミニウム溶出が起きにくいと考えられます。
 ・ 火山灰の風化産物の量を調べることで土壌酸性化の起きやすさを予測することができます。

 
 
概要

  森林総合研究所関西支所では、土壌中のイオウ分析法を新たに考案し、日本に広く分布する火山灰土のイオウの蓄積実態を調査しました。この調査で、日本の火山灰土は欧米の土壌の数倍ものイオウを貯めており、そのイオウは火山灰の風化産物と結合し酸性にならないことが分かりました。
  近年大陸からの越境大気汚染が話題になっています。欧米では酸性雨により土壌の酸性化が進んだと言われていますが、日本では欧米並みの酸性雨が降っているにもかかわらず、土壌の酸性化はあまり進んでいません。日本の森林土壌は多かれ少なかれ火山灰が混入しているので、火山灰の風化産物がイオウを取り込み安定化する能力が欧米の土壌より高いためと考えられます。ただし日本でも、火山灰の影響が少ない地域では、土壌の酸性化が進む可能性があります。この研究結果により、火山灰の風化産物の量を調べることで土壌酸性化の起きやすさを測ることが可能になることが分かりました。

  予算:科学研究費補助金No.17780050「森林土壌におけるエステル硫酸イオウの保持機構の解明」

 
 
問い合わせ先など

 独立行政法人 森林総合研究所  理事長 鈴木 和夫
 研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  加藤 正樹
 研究担当者: 森林総合研究所 関西支所
  森林環境研究グループ 主任研究員  谷川 東子
 広報担当者  : 森林総合研究所 企画部 研究情報科長 荒木 誠
森林総合研究所 関西支所 研究調整監  山田 文雄
  Tel:075-611-1201(代)  Fax:075-611-1207
 
 
背景及び経緯

  酸性雨の原因物質のひとつであるイオウは、石油などの化石燃料に含まれており、その燃焼によって大気中に多く放出されてきました。近隣諸国の経済発展が著しい現在は、越境大気汚染によるイオウの飛来量の増加が懸念されています。汚染された大気の中でイオウは雨に溶け、硫酸イオンの形で地上に降り注ぎます。土に入った硫酸イオンは土の粒に付着したり、植物に吸収されたりして、土壌の中を移動する水の中から除去されます。すると同時に酸も消えるので、土壌の酸性化はイオウ保持力の強い土では進みません。しかしイオウを保持する力が弱い土では、大気から供給されたイオウは土壌水に溶けて速やかに渓流に流出します。このときイオウはカルシウムやマグネシウムといった養分を土から持ち去るので植物の養分欠乏症を引き起すとともに、土を酸性化して有害なアルミニウムを溶かし植物にダメージを与えます(図1)。欧米で1970年代から問題になっている森林衰退の中には、このような土壌の酸性化による養分の枯渇やアルミニウムの溶出が原因ではないかと考えられているケースがあります。大気から土へもたらされるイオウ量は、日本では1ヘクタール当たり12kg程度で欧米の量と大差ありませんが、日本では2000年代に入ってからも一部の渓流水等を除き渓流水・湖沼の酸性化は報告されていません。日本の森林土壌の多くは火山灰を含んでいると言われますが、火山灰が混入した土は酸を消す力が強いために、日本では欧米と比べ酸性雨による被害が出にくいと考えられています。そこで土が酸を消す機能のひとつであるイオウを保持する仕組みを火山灰土で探りました。

 
研究の内容及び成果

  土が貯留するイオウの総量はこれまでにも報告例がありますが、土の中に安定して長く留まることができるイオウ成分である「土の粒の中に侵入している硫酸イオン(図2)」と「“金属と結合しているため、なかなか分解しない有機物”の中に入っているイオウ」についてはどのくらい土の中に含まれているのか分かっていませんでした。そこでこれらを分けて分析できる方法を考案し、火山灰土に貯まっているイオウ量とその量を規定する土壌成分を明らかにしました。用いた土壌は1kg当たり総量540〜2,240mgのイオウを含み、欧米の森林土壌のイオウ含量(通常、数十〜数百mg程度)に比べはるかに多いことが分かりました。林地面積1ヘクタール当たり(表層から1m深まで)に蓄積していたイオウ量に換算すると、酸性雨による森林被害が最も早く見つかったドイツでは1〜4トン程度であるのに対し、本研究で対象とした関東地方の森林土壌では最大9トンにもなりました(図3)。つまり用いた土壌は火山灰を含まないドイツの土壌の数倍ものイオウを保持していることが明らかになりました。また保持されていたイオウの1割は土の粒の中に侵入している硫酸イオン、2〜3割は金属と結合している有機物中のイオウであることが分かりました。イオウの蓄積量は火山灰土が多く含んでいる遊離酸化物の量に依存していました。従って、日本の火山灰土は、遊離酸化物の含量が多いためにイオウを安定的に保持する力が高く、多量の酸を消去することが可能であると考えられます。

 
成果の意義と活用方法

  本研究で報告した火山灰土壌のイオウの蓄積量は世界有数であり、また蓄積していたイオウの多くは、土の中で長く安定して存在できる形であることが明らかになりました。このような土壌では、酸性雨などに含まれて降り注ぐイオウの量が増加しても、土がイオウを貯め込んで渓流に流出せず、土壌の酸性化による養分の流出やアルミニウムの溶出は起こりにくいと考えられます。しかし、火山灰の降下量が少なかった地域では、土のイオウ保持力の源である遊離酸化物が少ないので、降ってくるイオウが土に保持されず、土壌の酸性化が進む可能性があります。本研究の結果は、土壌の遊離酸化物量を指標とすることによって、土壌酸性化の起きやすさを予測することができることを示しています。このような知見は、火山灰の降下量が少ない地域で報告され始めた土壌などの酸性化の原因解明や、越境大気汚染の影響予測に役立ちます。
 
用語解説

1)越境大気汚染
 

人間活動によって汚染された大気が、国境を超え別の国に流れ込むこと。経済発展著しい近隣諸国における化石燃料の消費量増加は、イオウを含んだ大気が国境を越えることで我が国のイオウ負荷量を増大させる疑いがあり、その現象を支持する報告も増えつつあります。

2)有機物中のイオウ
 

土中を移動する水の中に含まれる硫酸イオンは、植物に吸収されると植物体内でタンパク質などの有機物に変わります。その植物が死んで遺体が土に戻り分解が進むと、有機物中のイオウの一部は硫酸イオンに戻りますが、その他は有機物のまま土に留まります。その有機物は金属と複合体を形成すると、分解されにくくなり土に貯まっていきます。遊離酸化物(金属)の多い火山灰土ではこの金属と複合体を作る有機物の中にイオウが多く含まれていることが本研究で分かりました。

3)遊離酸化物
 

土壌母材(火山灰や岩石)の風化産物である鉄やアルミニウム(金属)の酸化物

 
本成果の発表論文

タイトル:

Highly accumulated sulfur constituents and their mineralogical relationships in Andisols from central Japan(中日本の火山灰土におけるイオウの大量集積と,それにかかわる土壌の鉱物的特徴)

著者:

Toko Tanikawa(谷川東子), Masamichi Takahashi(高橋正通), Akihiro Imaya(今矢明宏), Kazuhiro Ishizuka(石塚和裕)

掲載誌: ジオデルマ(Geoderma)
巻号(年): 2009年4月19日(電子版)
 

 
図1
  図1 大気から供給されたイオウに対し、イオウ保持能の異なる2タイプの土壌が示す反応イオウの行く末は土壌の酸性化や養分や有害なアルミニウムの動きに影響します。
 
図2
  図2 土の粒(a)の表面に付着する硫酸イオン(b)と、粒の中に侵入する硫酸イオン(c)
 
図3

  図3 日本とドイツのイオウ現存量(表層から約1m深まで)
     ドイツの数値はZucker and Zech (1985)、Prietzel et al. (2001)より引用もしくは算出しました。日本の火山灰土は、ドイツの土の数倍の量のイオウを蓄積しています。

 


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