観測記録原簿と地下道が「林業遺産」に認定 ー森林総合研究所十日町試験地ー
1.はじめに
森林総合研究所十日町試験地は1917年の創立当初から100年を超えて雪や気象の観測を継続し,その観測記録原簿(気象月表原簿)(図1)が保管されてきました.また早くから積雪や雪崩の研究に着手し,実験斜面に沿って造られた地下道を活用した先駆的な研究により,日本の雪崩災害防止対策や多雪地における林業技術の開発に重要な役割を果たしました.その価値が認められ,当試験地の観測記録原簿および積雪観測用地下道が2024年5月22日に一般社団法人日本森林学会の「林業遺産」に認定されました(表1)
林業遺産の選定は,日本各地の林業発展の歴史を示す景観,施設,跡地等,土地に結びついたものを中心に,体系的な技術,特徴的な道具類,古文書等の資料群を将来にわたって記憶・記録していくために2013年度に始まった事業で,日本森林学会の林業遺産選定委員会による審議の上,同学会の理事会の承認を経て認定されます.
| 表1 「林業遺産」の登録内容 | |
| 対象名 | 森林総合研究所十日町試験地の観測記録原簿 および積雪観測用地下道 |
| 登録番号 | 51 |
| 認定・登録日 | 2024年5月22日 |
| 認定対象 | 観測記録原簿および地下道 |
| 分類・形式 | 資料類・建造物 |
| 成立年代 | 1917年(林業試験場十日町森林測候所) |
| 1938年(積雪観測用地下道) | |
2.十日町試験地の設立と観測記録原簿
明治時代末期に頻発した甚大な水害の対策のため,中山間地域の気象観測を行うことや森林の治水機能を解明することを目的として,1910年代に国内20の主要河川の上・中流域に計39箇所の森林測候所が設置されました(神保,1959;遠藤,2007).十日町試験地は,そのような経緯で農商務省山林局林業試験場十日町森林測候所として1917年3月に信濃川が流れる新潟県十日町市の現在の地に創設され,1936年に十日町森林治水試験地,1950年に十日町試験地と改名して現在に至っています.当試験地では,設立当初からの雪や気象の観測値を記録した観測記録原簿(気象月表原簿)(図1)がすべて保管され,また観測値を集計した気象年報の出版が今日まで継続されてきました(竹内ら,2019).
3.地下道と実験斜面を活用した研究
十日町試験地には斜面上の積雪の動き(グライド)を観測することを目的に造られた延長50 mの地下道が現存しています.地下道の完成は1938年12月,補強材として鉄の代わりに竹を用いた竹筋コンクリート製で,金属不足を補うために考案された戦時中の技術で造られています(根津ら,1988;遠藤,2018).
グライドは斜面上の樹木の成育を妨げ,また全層雪崩の発生に至ることがあるため,多雪地の林業や雪崩災害防止のためには,まずグライドの実態を明らかにすることが必要でした.森林測候所から森林治水試験地に改名して存続することになって間もない十日町試験地では,早速,グライドを観測するために傾斜40度,斜距離40 mの実験斜面が整地され,斜面に沿って地下道が造られました.地下道には積雪の動きを自動記録する装置が設置され(図2),1937/38年冬期にグライドを記録することに初めて成功しました(図3).雪が積もる前に実験斜面に杉材を置いておくと,斜面に積もった雪が下方へ移動するにつれて杉材も移動します.杉材につけたワイヤーロープを斜面に沿って造られた地下道に引き込み,滑車をつけて自記円筒時計のペンに連結することにより,移動量を時計仕掛けの用紙に原寸で記録しました(図4,5).これにより斜面上の積雪は絶えず移動していることとその移動速度が明らかになりました(勝谷,1943a).グライドが急に速まり,雪崩の発生に至るまでの過程を捉えることにも成功し,杭の有無によるグライドの比較測定により,杭打工によるグライド抑制効果も確かめられました.これらの斬新なアイディアによる先駆的な研究により,グライドと全層雪崩発生過程の解明が大きく進展しました.
グライド観測のために整地された実験斜面では,その後も雪崩防止林造成に有効な切取階段工法の機能を高めるための研究(四手井,1951;高橋,1962)や雪崩対策施設の試験研究が行われました(中俣,1987).雪崩防止柵に加わる雪圧の調査も行われ,1960~1970年代に日本で急速に普及した雪崩防止柵の設計や施工にも活かされました(石川ら,1978, 1979).地下道と併せて造られた地下施設は,融雪量(勝谷,1943b),積雪の沈降力(天野,1944),地温の測定(農林省林業試験場,1960)にも活用されました.
(勝谷(1943a)の一部を改変)
(岩波写真文庫(1950)に加筆)
4.おわりに
地下道を活用した研究や実験斜面の様子は「十日町試験地WEB博物館」において写真で紹介しています.併せてご覧いただけると幸いです.
なお,このページは日本雪氷学会誌『雪氷』86巻4号の「雪氷機関ニュース」を一部変更して掲載しました.
文献
- 天野一郎,1944:積雪の沈降力.森林治水試験彙報, 20, 55-71.
- 遠藤泰造,2007:森林測候所(Ⅱ)-その開設と廃止の小史-.水利科学,No.293,66-98.
- 遠藤八十一,2018:日本の積雪研究のはじまり-森林測候所,積雪地方農村経済調査所,雪の会,日本雪氷協会-.雪氷,80(4),337-344.
- 石川政幸, 渡辺成雄, 大関義男, 佐藤正平,1978: 積雪グライドと雪崩による雪崩防止柵の被害(1). 雪氷, 40(3), 129-138.
- 石川政幸, 渡辺成雄, 大関義男,1979: 積雪グライドと雪崩による雪崩防止柵の被害(2). 雪氷, 41(2), 131-141.
- 岩波写真文庫,1950: 積雪. 岩波書店編集部編集, 岩波写真文庫, 16, pp.64.
- 神保宰雄,1959:森林測候所創設当時の思い出.天気,6,403-409.
- 勝谷稔,1943a:山腹積雪の移動に就て.森林治水試験彙報, 19, 117-144.
- 勝谷稔,1943b:融雪水による地表流下量に就て.森林治水試験彙報, 19, 145-159.
- 中俣三郎,1987:雪崩対策研究の歴史.新砂防,40(1),32-38.
- 根津誠一,樋熊喜市,渡辺成雄,遠藤八十一,1988:「雪氷協会いまはむかし」第2回平田徳太郎と林試十日町試験地.雪氷,50(2),117-119.
- 農林省林業試験場,1960:林業試験場十日町試験地.森林気象観測累年報告,第2報,125-149.
- 四手井綱英,1951:なだれどめ階段工計算式の一試案.雪氷,12(5),22-25.
- 高橋喜平,1962:雪崩防止工法.治山事業業務資料第6集,青森営林局,pp.51.
- 竹内由香里, 勝島隆史, 庭野昭二, 村上茂樹, 山野井克己, 遠藤八十一, 小南裕志,2019: 森林総合研究所十日町試験地の気象100年報 (1918年~2017年). 森林総合研究所研究報告, 18, 35-99.
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