雪の家 (高床式落雪住宅) の設計
『積雪』の表紙の写真(図1)は,私ども(注釈:高橋喜平氏)一家が住んでいた十日町試験地の官舎の除雪風景を撮影したもので,1945年1月の大豪雪のときのものである.この写真は御前講演のとき陛下にもご覧に入れたもので,このとき陛下はあまりの豪雪に「ほう」とお驚きになられた記念すべき写真である.1945年というとちょうど終戦の年であるが,この年の冬は裏日本一帯がまれにみる大雪に見舞われて,私どもが住んでいた十日町市では最深積雪が425cmにも達し,町の通りでは屋根の雪の捨て場に困り果て,その雪を背負って道路の上に積み上げていった.本通りの雪道は地上11mの高さになり,道を歩いている人が屋根の上に落ちて骨折するという前代未聞の珍事まで発生した.なにしろ太平洋戦争の末期のこととて男手が不足し,町の人々は「この豪雪は,家をつぶすか身代をつぶすか,そのどちらかだ」といって大騒ぎをした.(中略) 町の人々は明けても暮れても除雪に追いまわされ,私どもでも庁舎と官舎の除雪が精一杯で,その他の所に手がまわりかねていたところ,観測舎と物置小屋が雪で押しつぶされてしまった.この豪雪には,本当に驚いてしまった.しかし,私はこのときの苦い体験がもとになって,防雪や除雪が不要で,しかも住みよい雪国の家屋として,高床式の“雪の家”を創案し,自らその試験家屋に居住してその優良性を公表したところ,わずか数年にしてこの方式の家屋が雪国一円にどんどん普及していった.
高橋喜平(1974):「日本の雪」より
図2 十日町試験地における屋根雪の落雪試験.
いろいろな傾斜の板に積もった雪の落下から屋根の雪の自然に落ちる角度を調べたり,また違った性質の板の上に雪の塊をおいて,板の性質,斜面の角度,雪質で,どのようにマサツがかわってくるか調べたりしている.
(岩波写真文庫,1950)
図3 高橋喜平氏設計の試験家屋「雪の家1号」.
床をコンクリートで地面から2メートルほど高くし床下は物置にする.屋根の傾斜は急にして雪の自然落下をたすけ,屋根裏は部屋に使う.家はあまり雪にうもれず室温は外より数度も高く明るい生活ができる.
(岩波写真文庫,1950)
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