ホーム > 業務紹介 > 遺伝資源の収集・保存・配布 > 林木遺伝資源連絡会 > 林木遺伝資源連絡会誌 > 林木遺伝資源連絡会誌【2013 No.3】
更新日:2017年8月29日
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大谷 雅人
独立行政法人 森林総合研究所 林木育種センター 遺伝資源部
保存評価課 特性評価研究室 主任研究員
津村 義彦
独立行政法人 森林総合研究所 森林遺伝研究領域長
東南アジアは世界で最も生物多様性の高い地域のひとつとして知られています。とりわけ、マレー半島からスマトラ、ジャワ、ボルネオ島にかけてのスンダランドと呼ばれる地域(図–1)はその中核といっても過言ではなく、地球上の全陸地の1 %程度の面積しかないにもかかわらず、全世界の植物のうち約8 %(25,000種)が分布することがわかっています(1)。
スンダランドには様々な森林が分布していますが、中でも熱帯雨林は特に種の密度が高い植生として知られており、樹木だけでも1ヘクタールの範囲内に数百種が生育していることは珍しくはありません(図–2)。その骨格ともいえる高木層を構成するフタバガキ科の樹種は、東南アジアの林業において最も重要なグループであり、日本にもラワン材として多く輸入されています。また、熱帯雨林をすみかとする膨大な種数の生物の中には、医薬品の開発や農作物の育種などで将来役に立つ可能性のあるものが多く含まれていると期待されています。熱帯雨林は、当地域の野生生物たちにとっての「ゆりかご」であると同時に、人類にとって有用な生物を多数含む、巨大な遺伝資源のかたまりなのです。
そんなかけがえのない東南アジアの熱帯雨林ですが、近年になって急速に減少していることが大きな社会問題となっています。例えば、現状のままでは2022年までにスマトラとボルネオの天然の熱帯雨林の実に98%が消滅するといわれています(2)。減少の主な原因のひとつは、伐採する権利のない林分での盗伐や伐採許可量を超えた過剰伐採などのいわゆる「違法伐採」です。その有効な対策としては、森林認証制度や事業者などによって合法性や持続可能性が証明された材を利用することが挙げられます。また、違法伐採材の識別のための技術、具体的には材から樹種や産地を確実に判定するための手法が開発されれば、より効率的な対応が可能となるでしょう。
生物のもつゲノムには、その生物が過去にたどってきた進化の歴史が遺伝情報として刻まれています。異なる種として別れてから長い時間が経過していたり、同じ種であっても長らく交流がなかったりすれば、遺伝的な違いとして現れます。先行研究において、フタバガキ科で最大のグループであり、林業上重要な種を多数含むショレア属(Shorea)の90種を対象に葉緑体ゲノムの分析を行ったところ、ほとんどの種の識別が可能であることが分かりました(3)。ここでは、同属の一樹種S. leprosulaを用いて、DNAを用いた産地の識別の可能性について検証した結果(4)をご紹介させていただきます。
図–1 東南アジアの地理。遺伝分析の対象としたShorea leprosula 27集団の位置を黒い円で示した。ただし、自然分布域外のジャワ島の1集団は人工林である。 |
図–2 ショレア属樹種が高木層を形成している熱帯雨林。
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今回注目したS. leprosulaはフタバガキ科では数少ない広域分布種であり、タイ南部からマレー半島、スマトラ島を経てボルネオ島にまで分布します。マレー半島等の熱帯雨林ではしばしば同じ林分に生育する他のショレア属よりも生育密度が高くなります。初期成長が比較的速く、幅広い環境で生育可能なこともあり、同属の中では材としての流通量が多い樹種のひとつです。
タイ以外の分布域をほぼカバーするように選んだ天然林26集団と、スマトラ島からの移入由来と推測されるジャワ島の人工林1集団(図–1)において、計724個体から葉を採取し、核DNA(EST-SSR)と葉緑体DNAの分析を行いました。前者は両性遺伝で多型性が非常に高いため、最近の歴史を反映した遺伝的な違いを細かく検出できる可能性があります。一方、後者は母性遺伝で多型性が低めなため、より古い時代の歴史を反映していることが期待されます。EST-SSRについては、サンプル数の多い24集団を対象として、中立な19遺伝子座(5)にもとづく遺伝子型を決定しました。葉緑体DNAについては、集団あたり最大で8個体を対象として、4つの遺伝子間領域の塩基配列を調べ、塩基多型の違いにもとづく葉緑体DNAのタイプ(ハプロタイプ)を決定しました。
EST-SSRの遺伝子型の情報にもとづき、S. leprosulaの分析対象の個体を2つの遺伝的グループ(クラスター)に区分した結果を図–3aに示します。マレー半島およびスマトラ島(以下、マレー/スマトラ)の天然林とジャワ島の人工林ではクラスターⅠが、ボルネオ島の天然林ではクラスターⅡが優占していました。ただし、ボルネオ島の主に西部の集団ではクラスターⅠの確率もやや高く、最大で4割程度に達していました。また、マレー/スマトラとボルネオ島のそれぞれの地域内では、東西方向に集団の遺伝的組成が緩やかに移り変わっていくパターンが認められました(図–3b、c)。
葉緑体DNAのハプロタイプも、大まかにはボルネオ島とマレー/スマトラに対応する2つのグループに分かれていました(図–4、5)。EST-SSRよりも両地域間の遺伝的な違いが顕著であり、2つのハプロタイプのグループが共存していた集団は、ボルネオ島南西部の1地点のみでした(図–5)。また、マレー/スマトラではEST-SSRに似た東西の遺伝的勾配が認められましたが、ボルネオ島ではそのような傾向は認められませんでした(図–5)。
図–3 EST-SSRを用いたShorea leprosula 集団の遺伝的組成の分析。データセットを2つの異なる遺伝的グループ(クラスター)に分けた場合に、各集団がそれぞれのクラスターに由来する確率を円グラフで示した。(a) は全集団を、(b) はマレー半島とスマトラ島の集団を、(c) はボルネオ島の集団を対象とした場合の結果である。 |
図–4 Shorea leprosulaの葉緑体ハプロタイプの遺伝的関係。円の色は各ハプロタイプの出現地域に、サイズは出現被度に対応している。小さな黒い円は観察されなかったが存在が仮定されるハプロタイプ、実線は塩基置換、点線は挿入/欠失を示す。 |
図–5 Shorea leprosulaの葉緑体ハプロタイプの地理的分布。図形の違いはハプロタイプの違い、図形の数はハプロタイプが検出された個体の数を示す。各ハプロタイプの名称は図–4と対応している。 |
核DNA・葉緑体DNAともに、ボルネオ島とそれ以外の地域とで遺伝的な違いが検出され、さらに両地域内でも遺伝的勾配が認められました。したがって、比較的大きな地域区分であれば、Shorea leprosulaの産地識別が可能であると考えられます。ただし、ボルネオ島の一部地域については、遺伝的な混合のため、識別が困難である可能性が残りました。本稿では詳しくは触れませんが、シミュレーションの結果、こうした混合構造は最終氷期以前、東南アジアの海域が広く陸化していた時期に、マレー/スマトラからボルネオ島への移住によって生じたことが示唆されています(4)。
輸入された木材やベニヤ板、合板などからのDNA抽出法はすでに開発されているため(3)、今後は分析に用いる遺伝マーカーや比較用のDNAサンプルのより一層の充実、あるいは他樹種への拡張をはかることで、違法伐採の抑止力として活用されることが期待されます。
(1)Myers N, Mittermeier RA, Mittermeier CG et al.(2000)Biodiversity hotspots for conservation priorities. Nature 403:853–858.
(2)Nellemann C, Miles L, Kaltenborn BP et al.(2007)The last stand of the orangutan – state of emergency: illegal logging, fire and palm oil in Indonesia’s national parks. UNEP/GRID-Arendal, Arendal, Norway.
(3)Tsumura Y, Kado T, Yoshida K et al.(2010)Molecular database for classifying Shorea species(Dipterocarpaceae)and techniques for checking the legitimacy of timber and wood products. Journal of PlantResearch 124:35–48.
(4)Ohtani M, Kondo T, Tani N et al.(2013)Nuclear and chloroplast DNA phylogeography reveals Pleistocene divergence and subsequent secondary contact of two genetic lineages of the tropical rainforest tree species Shorea leprosula(Dipterocarpaceae)in Southeast Asia. Molecular Ecology 22:2264–2279.
(5)Ohtani M, Ueno S, Tani N et al. (2012) Twenty-four additional microsatellite markers derived from the expressed sequence tags of an endangered tropical tree Shorea leprosula (Dipterocarpaceae). Conservation Genetics Resources 2:351–354.
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