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研究情報 No.41 (Aug. 1996)

巻頭言

造林の価値

造林研究室 清野 嘉之

人間が森林をどのようにしてとらえ、利用してきたかについて、井上真理子さん(森林文化研究 16: 227~247, 1995)はユニークな分析をされています。氏は人間の森林利用を物質的利用、空間的利用、精神的利用の三つに分け、木材生産など物質的利用は時代とともに増えているが、たとえば住居・生活活動の場、環境保全の場、保健休養活動の場としての森林の空間的利用や、森林を利用するレクリエーション、教育、文化など森林の精神的利用は、社会の安定度の影響をうけ、人々の生活が安定していると都市住民が森林に精神的な安らぎをもとめるなど、利用の増減を歴史的に繰り返しているとされます。

ひるがえって造林の歴史を考えてみると、天然林から限られた有用のものを取りだしていた狩猟・採取の時代から、効率を考えて有用なものを増やし管理する人工造林の時代が到来し、最近では「持続可能な森林経営」という新しい考えにもとづく自然の合理性にかなった森林づくりが模索されています。造林の考え方や方法が時代とともに変わってきたことには、森林にたいする価値観の変化が反映しており、最近の変化は人工造林の経営の不安定さ- 製品の質や量への評価が思ったほどではなく、したがって必ずしも安上がりではないということや、天然林がなくなることへの危機感、また、無用感のある一部の人工造林にたいするネガティブな反応などが背景にあると見られます。この結果、もともとは林産物の生産の効率を上げるための手段に過ぎなかった人工造林にも、生物多様性の質や生物集団としての健康など新たな要件が加えられようとしているようです。

この事実から、どんな造林も時代の価値観にじきに合わなくなるのだから、今の価値観で造林結果の成否をかるがるしく論じるものではないと結論することもできるでしょう。世界のいろいろな国のいろいろな地域の森林やその利用のされ方を見ると、井上さんの定義された三つの森林利用が、同じ時代の世界に混在していることが分かります。ある時代のある特定の場所や社会で流行している価値観にもとづく森林管理の方法は、価値観の変化とともにまた変わるのではないかと思わせます。

しかし、森林の存在そのものの価値が変わるわけではありません。今日のスギの人工林がスギ花粉症のもとであると言う人がいるのも木材が外国から安く買えるなどの事情があってのことで、木の需要は引き続き大きく、木の実質的な使いがってもそう変わっているわけではありません。同じ森林にはいつの時代にも同質同量の生物材料が存在し、その実質的な使いがってはときの価格とは無関係のものです。バブルによって地価が急騰しバブルがはじけて地価が急落しても、その土地に家を持ち、住むものにとって住処としての価値が変わらないのと同じ理屈です。当たり前のことですが、造林の価値にはお金でははかれない面があることを再認識しなければと思っています。

研究紹介

ナラタケの他者識別

樹病研究室 高畑 義啓

ナラタケ Armillaria spp. というキノコがあります。多くの方言名を持ち、特に北海道、東北では食用菌として有名なキノコです。ところがナラタケは樹木の病原菌としても世界的に著名で、盛んに研究が行われているキノコでもあります。ナラタケの生態は非常に多様であることが知られています。枯死木を分解したりオニノヤガラやツチアケビなどの無葉緑ランと共生していることもあり、生きた樹木を枯らすこともあります。ナラタケ属には多くの種が記載されていたので、種によって生態的性質が異なるということになれば話は楽なのですが、過去に記載された種の分類学的再検討が進んでいなかったために、ナラタケの研究はあまり見通しのいいものではありませんでした。しかし1970年代末から、生物学的種の概念を用いて世界のナラタケの分類が整理されてきました。また、近年、日本でも複数の生物学的種の存在が明らかにされ、他の地域との比較が進んでいます。さらに、それぞれの種の生態的性質、特に樹木に対する病原性の違いについても研究が進められています。この生物学的種は、それに属する個体の間では潜在的に生殖が可能であるような集団として定義されます。ですから、色々な「ナラタケ」を集めて互いに交配させてみれば、これらを生物学的種に分けることができます。

菌類を顕微鏡で見ると、その体は菌糸と呼ばれる細長い糸状の細胞列からできているのが解ります。ナラタケの場合、交配する前の菌糸細胞には単相の核が1個ずつあります。この単相核を持った菌株(ハプロイド菌株)同士を一緒に培養することで、交配の成否を調べることができます。交配すれば、その結果として各菌糸細胞の核は複相になります(実は交配してすぐに安定した複相核を作るキノコは珍しいのですが)。こうしてできた菌株をディプロイド菌株といいます。つまり、ナラタケのハプロイド菌株同士が出会った場合、お互いに相手が同種かどうか、交配可能なのかどうかを識別していることになります。それではディプロイド菌株同士が出会ったときはどうなるのでしょうか?

「キノコ」といっても、培地の上で育っている時には、その状態は同じく菌類に分類される「カビ」と大差ありません。菌糸と菌糸の間には隙間がたくさんあって、多細胞生物とはいえその体のまとまりはかなり緩やかなものです。また、コロニーの形や大きさも、特に決まっているわけではありません。しかし、それでもナラタケは、自分と異なる種、あるいはクローンを認識する仕組みを持っています。別種のディプロイド菌株同士を一緒に培養したときには、2つのコロニーは混じり合わず、その間に黒色の境界線(帯線)ができます。この境界線部分を顕微鏡で見ると写真-1のようになっています。通常の菌糸の状態は写真-2のようになっており、境界線部分の菌糸は通常の菌糸に比べて膨張・変形し、細胞質には暗色の物質が蓄積しています。同一種のディプロイド菌株が出会ったときにはこのような暗色の物質の蓄積は見られませんが、2つの菌株が異なるクローンであるならばコロニーは混じりあわず、両者を識別することが可能です。

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写真-1境界線部のナラタケ菌糸
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写真-2通常のナラタケ菌糸

野外からはナラタケのハプロイドのコロニーは分離されていません。ナラタケの基本的状態はディプロイドだと言えるでしょう。そうしたディプロイドのコロニーが他のナラタケの生物学的種、あるいは同種他クローンとどのような相互作用をしているかは、菌類の生態を考える上で大変興味深い問題であると思います。

上で述べたような反応を利用して、林地でのナラタケのクローンの分布を明らかにするような研究もすでに行われています。しかし、例えばどのような物質がこの現象の引き金となるのか、また有性生殖とこうした非性的な他者認識との間にどのような関係があるのか(あるいはないのか)など、ナラタケの他者認識機構の詳細についてはほとんど解っていません。今後このような現象の研究を通してナラタケの生態の理解を深めていけば、その防除に関しても有益な知見が得られるのではないかと考えています。

鳥はなぜ混群を作るのか

鳥獣研究室 日野 輝明

日本のような温帯地方の森林に1年中生息する鳥たちは、春から夏にかけての繁殖という大仕事を終えると、そのほとんどが群れを作って行動するようになります。多くで餌を探した方が効率がよいし、多くで警戒していたほうが捕食者にやられる危険性も少なくなるからです。いわば「多くの眼」の効果によって環境条件の厳しい冬をのりきろうという作戦です。

ところで森の中で鳥の群れを見つけたら、その構成員を注意深く観察してみて下さい。異なる種類の鳥が一緒になって行動していませんか。このような群れは「混群」とよばれ、冬にはごく普通にみられる現象です。日本ではエナガやシジュウカラなどのカラ類と呼ばれる小鳥たちを主役にした混合劇団が編成され、キツツキ類なども脇役として加わります。ではなぜこのような複数種からなる群れが作られるのでしょうか。それは「多くの眼」の効果ならぬ「多様な眼」の効果だと説明されています。つまり、鳥は種類によって得意とする採餌場所や捕食者の警戒範囲が少しずつ違うために、違う種類の鳥が一緒にいれば単一種の群れのときよりも効果がさらに増大するだろうという考え方です。

しかしながら、「多くの眼」の効果についてはこれまで数多くの実証的な研究が世界各地で行われてきましたが、「多様な眼」の効果についてはあくまでも仮説的に述べられてきているにすぎませんでした。なぜならば、例えば採食における効果を示そうとすれば、単一種群の場合ではどの個体も基本的に同じような場所で餌を採りますから、個体数の変化にともなう採食効率の変化を調べるだけで事足りますが、混群の場合ではそれぞれの種について個体数・種数・種構成の変化にともなう採食の場所と効率の変化を同時に調べなければならず、取るべきデータが比べものにならないくらい多くなるからです。しかも、これまでの研究のほとんどが行われてきた温帯では、混群を作る鳥たちが 10cm あまりと小さいために樹冠内での詳細な行動観察が難しいという問題点もありました。

ところで、私は94年と95年のそれぞれ2ヵ月半、アフリカ大陸の東方の海上に浮かぶ、別名「生物のワンダーランド」と呼ばれるマダガスカル島で鳥の混群を調査する機会を得ました(文部省国際学術研究)。ここでは主役たちがいずれも20cm前後と大型のため、日本などと違ってその演技を堪能するには絶好の舞台が用意されています。

調査を行った森林では全体で15種類の鳥たちが劇団を編成していましたが、そのうち下記の7種類が主役として個性あふれる演技を披露してくれました(表-1)。彼らの得意とする演技、すなわち採食の高さや部位(空中・枝葉・地面など)、方法(飛びつき・つまみとり・ぶらさがりなど)は種ごとにそれぞれ違っていました。ところがこれら7種のうち6種までが混群に加わると、同一種の群れのときにとっていた採食様式を変えて互いに似かよった場所や方法で餌を取るようになりました。しかも5種では採食効率の上昇がみられたのです。混群の中の役柄は、他の種を誘引する「先行者」ともっぱら後をついて回る「追従者」の大きく2つに分けることができたのですが、どちらも同じように利益を得ていました。つまり追従者が先行者を利用するといった寄生的な関係ではなく、”もちつもたれつ”の相利的な共生関係にありました。

表-1マダガスカルの森林での混群参加による主要構成種の採食行動の変化
  先行-
追従
採食様式の変化 採食効率
の増加
高さ 部位 方法
マダガスカルオウチュウ F
マダガスカルサンコウチョウ F
ニュートンヒタキ L × ×
アカオオハシモズ L × × × ×
ルリイロオオハシモズ I × × ×
テトラカヒヨドリ F&L × ×
マダガスカルオオサンショウクイ I × ×
L 先行者、F 追従者、I 中位;
○ 統計的に有意な変化あり、× 同 変化なし

しかしアカオオハシモズの1種だけは同一種群であろうと混群であろうと、採食の様式も効率も変化はみせませんでした。それでありながら他の種を引きつける先行種としての役割を担っていたのです。この種は私たちの別の調査からグループ繁殖をすることが分かっており、同種個体でつねに緊密な群れを作って行動しています。しかも捕食者などの外敵に対しては真っ先に警戒の声を発し、ときには直接的な攻撃さえ加える強者です。従って、この鳥にとっての混群は、他の種によって”寄らば大樹の陰”と一方的について回られている結果にすぎないのだと考えられます。

このようにみてくると、マダガスカルの混群はどの種も損をすることのない平和な群れに見えます。日本の混群ではどうでしょうか。よくみてみると、体の大きい種が小さい種を頻繁に攻撃して餌の横取りをしているのが観察されます。そこには他の種を犠牲にしてでも自分だけは生き残ろうという厳しい世界があります。この違いは熱帯と温帯との環境条件の厳しさの違いで説明できそうですが、マダガスカル人ののんびりした社会と日本人の殺伐とした社会にどことなく似ているような気もします。

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(写真) アカオオハシモズ
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(写真) マダガスカルサンコウチョウ
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(写真) テトラカヒヨドリ

おしらせ

関西林試協第49回総会開かれる

さる6月4・5日、関西地区林業試験研究機関連絡協議会第49回総会が三重県の御世話により同県久居市にて開催されました。近畿・中国・四国・北陸の一部の各機関から場所長および関係者が出席し、関西支所からは支所長と連絡調整室長が出席しました。

会議では、最近の研究情勢や全国林試協の動向などが報告された後、協議に移り、各専門部会の活動経過と今後の計画についての報告など、いずれも承認されました。このうち昨年の総会で統合が決議された森林環境部会と樹木保全部会、および育林部会と育苗部会は、それぞれ合同で開催された部会で決定された森林環境部会、育林部会の新しい部会名で報告されました。

なお近々開催予定の今年度の各専門部会の日程は次のようになっています。

部会名 開催府県 開催日
経営部会 島根県 9/12~13
林業機械化部会 兵庫県 9/19~20
育林部会 京都府 10/24~25
特産部会(マツ菌根班) 奈良県 10/31~11/1