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造林研究室長 竹内郁雄
近年、国民の側から森林、特に人工林に対して、国土保全や水源涵養など公益的機能の発揮が求められるようになりました。一方、我が国の人工林は、木材需要の減退や外材との競争などによる木材価格の低迷により間伐が遅れたり、放置された林分が多くなっています。人工林は、木材の形質をよくするため一般に収穫時の密度より何倍か多くの本数を植栽します。植栽本数を多くすることには、活着不良や誤伐などで密度を大幅に低下させない、樹冠閉鎖を早くして雑草木の生育を抑制する、完満な材を生産する、間伐による淘汰で通直性など形質のよい個体を残す、といった意味があります。このため、20年生前後になると植栽木間の競争が激しくなって、放置すると幹がモヤシ状になり、気象害に対して抵抗力が低下してきます。気象災害に対する抵抗性を高め、森林を健全にするためには間伐が必要になります。
間伐に関する研究は、これまで数多く行われてきました。これまでの研究では、木材生産量や形質の変化から、材質面の向上と収穫量を多くする間伐方法が明らかにされ、密度管理図に代表されるような成果が得られました。しかし、間伐が国土保全や水源涵養などに果たす役割については、明らかにされていない点が多いと考えられます。このような現状を打開し、間伐を推進するため、新たな視点から間伐を見直すことが必要になっていると思われます。
スギやヒノキ人工林では、植栽木の成長とともに樹冠が閉鎖し、間伐せずに放置するとやがて林内が暗くなって下層植生が減少し、消失してしまいます。下層植生は、土壌への雨滴衝撃をやわらげるとともに、土壌や落葉などの移動・流亡を抑制し、養分を貯えて地力を高める働きがあります。また、表層土壌は物理性にすぐれ、雨水の浸透能を高める働きを持つため、水源涵養にとっても重要なものです。下層植生の消失は、表層土壌の貧弱化とともに雨水の流出を早め、洪水や山地崩壊の危険性を高めることも危惧されます。このようなことを防ぐためには、下層植生が豊かで、土壌が流亡するのを防ぐ落葉・落枝が地表を覆い、林地土壌のA0層やA層を発達させる森林に導くことが望ましいといえます。下層植生を豊かにするには、植栽木の樹冠が閉鎖した段階で適切な間伐を行って林内光環境を改善し、下層植生を維持・生育させる施業を行うことが有効であると考えられます。
スギ、ヒノキ人工林で下層植生を維持・生育させるには、林内光環境がどの程度あればよいのか明らかにすることが必要です。また、下層植生が減少する時期を明らかにして間伐開始時期を知ることや、間伐後の林内光環境の変化や下層植生におよぼす間伐効果の維持期間を明らかにして、間伐繰り返しの期間を知ることが必要です。一方、下層植生を維持する間伐を行うと、収穫材積の減少や枝下高が低くなることによる質的低下など、木材生産機能にマイナスとなることも考えられ、マイナス面を小さくする間伐技術を確立することが望まれます。新しい視点から、間伐施業を解明していく必要があるのです。
昆虫研究室 浦野忠久
「うじ虫」というと、たいていの人はハエの幼虫を思い浮かべることと思います。しかも多くの人にとって嫌悪感の対象であることは間違いないでしょう。それは腐敗した食べ物や生き物の死体、汚物の中などで生活しているからで、私達の生活環境に近いところで暮らすハエの幼虫がこうしたものを餌にしているからに他なりません。したがって私達がうじ虫に嫌悪感を抱くのも、もっともと言えるでしょう。ところが、じつは昆虫の中には幼虫が「うじ虫」の形をしているものが数多くいて、その食べ物も実に様々です。
例えばハチやアリの幼虫は多くが似たような形をしています。缶詰で売られている「蜂の子」などがそうです。ここでいう「うじ虫的」な形とは、やや細長い楕円形で体色は乳白色、やわらかくつるんとしていて脚がなく目もない、といったところでしょうか。こんな無防備な姿で生きていられるのにはちゃんとした理由があります。ハチやアリの幼虫は成虫によって必要な餌をすべて与えられ、親が作った巣の中か、閉鎖された空間の中で外敵から保護されて育ちます。こんな環境で暮らしていれば、移動の必要もなく、また防御のための器官を備える必要もない、ということになります。ハエの幼虫にしても、あらかじめ親によって餌の中に産み込まれ、餌に囲まれて生きているわけですから、歩く必要などありません。「うじ虫型」の体型とは、このように食べることに専念できるような環境にいる幼虫たちの究極の形といえそうです。
筆者の研究対象である捕食寄生性昆虫の幼虫も「うじ虫型」です。捕食寄生性昆虫とは、親が餌となる昆虫(寄主)に卵を産み付け、孵化した幼虫が寄主の体内から栄養を摂取して、最終的には寄主を殺してしまうという虫で、寄生バチおよび寄生バエがその代表になります。
写真-1に2種類の捕食寄生性昆虫の幼虫を並べてみました。どちらも木の中にすんでいるカミキリムシの幼虫に、うじ虫型の幼虫が2、3匹くっついています。この写真を見る限り、両者の区別はほとんどつかないくらい似ているのではないかと思います。ところがこれが成虫になると(写真-2)、全く違う姿になってしまいます。Aはヨゴオナガコマユバチという寄生バチで、Bはサビマダラオオホソカタムシという甲虫です。Aのコマユバチは、メス成虫があらかじめ寄主となるカミキリムシを見つけ出した上で毒液を注入して麻酔し、産卵します。動けなくなった寄主の上で孵化した幼虫はうじ虫型で、そのまま寄主の内部組織を食べて成長します。Bのホソカタムシはそれとは少し異なり、成虫は寄主の生息する木の樹皮の裂け目などに産卵するものと推定されます。孵化した幼虫には脚が6本あり、写真の幼虫とは似ても似つかぬほっそりとした体型をしていて、活発に動き回ります。なぜならコマユバチと違って自力で寄主を探さなければならないからです。寄主を見つけた幼虫はまたも自力で寄主を麻酔し、寄主が動けない状態になった後で脱皮し、ここで初めてうじ虫型の幼虫となって成長していきます。このように捕食寄生性昆虫の中には、ライフスタイルに応じて幼虫の姿形が途中で大きく変化するものが存在しているのです。
最後に、Aのコマユバチはスギ、ヒノキを食害するスギカミキリの、そしてBのホソカタムシはマツ材線虫病の媒介昆虫であるマツノマダラカミキリの天敵として知られています。これら2種類の「うじ虫」が、森林害虫の生息密度を下げるという、重要な働きをしていることを書き添えておきます。
写真-1カミキリムシ幼虫に寄生する2種類の捕食寄生性昆虫の幼虫(左:A、右:B)
写真-2左:写真-1(A)の成虫(ヨゴオナガコマユバチ)右:写真-1(B)の成虫(サビマダラオオホソカタムシ)
土壌研究室 平野恭弘
樹木の根は、土壌中のさまざまな環境に適応しながら成長し、養分や水分の吸収、樹体の支持など樹木の生存にとって重要な役割を果たしています。実際に森林の中で樹木の根を掘って観察してみると、根の色が白い部分と茶色い部分とに見分けることができます。この白い部分は新しく成長してきた部分で、一般に白根(しらね;吸収根)と呼ばれ、養分や水分を吸収する働きや根の広がりを大きくする働きを持っています。最近の研究でスギやヒノキの白根が、土壌の酸性化ストレスに対して、敏感に反応していることが明らかとなってきました。
酸性降下物などにより森林土壌が酸性化する(H+イオンが増加する)と、土壌中の養分陽イオン(Ca2+、Mg2+, K+, Na+)の溶脱を引き起こします。さらに酸性化が進むと、植物に有害な影響を与えるアルミニウムイオン(Al3+)が溶出します。その溶出のし易さや量は土壌の種類により異なります。アルミニウムイオンは植物、とくに根の伸長成長や生理機能を阻害することが知られています。
このアルミニウムイオンがスギやヒノキの根にどのような影響を与えるかを調べるために、ポット植えしたスギ、ヒノキ苗を用いて、アルミニウム添加実験をガラス室内で行いました。約3ヶ月の添加実験の後、すべての苗を掘り取って、葉、幹、白根、それ以外の根に分け、それぞれの現存量(乾燥重量)や養分量、根長、根直径などを測定しました。
アルミニウムを添加した処理区と添加しない対照区の苗の様子を比較してみると、葉、幹、根とも現存量には処理区間に影響差は認められませんでした。しかし白根に注目してみると、対照区に比べてアルミニウム処理された白根は、分岐した根長が短く根直径が大きい、すなわち太くて短い白根が観察されました(写真)。また顕微鏡下で観察してみるとこれらの白根では根端が黒くなり、分岐を停止している様子も認められました。このように形態変化した白根中には、多くのアルミニウムの蓄積が確認されると同時に、樹木に不可欠な養分であるカルシウムやマグネシウムの吸収が妨げられていることも明らかとなりました。
これらの実験からアルミニウムストレスの場合、スギやヒノキの白根では、現存量低下よりも先に形態変化や養分吸収阻害が起きることが明らかとなりました。これまで根に関しては、根全体をひとまとめに扱い解析する手法が主に用いられてきましたが、今回の実験のように、新しく成長した活性の高い部分である白根を対象として解析することで、同じ根でも異なった反応を検出できるかもしれません。またこの白根という器官が、アルミニウムストレスを敏感に感じやすい、すなわち感受性の高い器官であることから、土壌酸性化に対する樹木の感受性指標として有効となるかもしれません。これらの応用にはまだ成木レベル等での実験が必要ですが、白根に注目することで樹木が受けているストレスを、より初期の段階で感知し予測できるようになるかもしれません。
写真アルミニウム添加したスギ苗の白根(左)と対照区の白根(右)
防災研究室 深山貴文
現在、山城試験地では森林で起きる大変細かな気象現象を多くの測器を用いて観測しています。それは、森林と大気の間で交換される二酸化炭素、水、熱の量やその交換過程等を研究するためです。これから4回にわたって、山城試験地で活躍中の測器類をご紹介していきたいと思います。
温度計というと多くの方は細いガラス管に水銀や赤いアルコールを封入した液体封入温度計を連想されるかもしれません。このタイプの温度計は高精度なのですが、人が読みとらなくては使えません。そこで、連続観測を行う時には自記可能な熱電対、サーミスタ、白金抵抗温度計等といった少し聞き慣れない名前の温度計を使っています。
熱電対温度計は2種類の金属線の熱起電力を利用した温度計で、測温部を大変小さくできる特徴があります。測温部が大き過ぎると、通風と日よけをしても測温部が実際の気温と等しくなるまでに時間がかかるので、この特徴は重要なことです。また通風と日よけをしないと、実際の気温より日中は日射の影響で高く、夜間は放射冷却によって低く観測されることがあるため、正確な気温測定を行う場合、測温部は通風筒に納めて使います。
サーミスタ、白金抵抗温度計は熱による電気抵抗の変化を用いた温度計で、安価なリード線で遠隔測定できる特徴があります。しかし、抵抗温度計間の互換性が得られにくいという欠点もあるため、以下で述べるように山城試験地の気温は湿度と共に主に熱電対で観測しています。
山城試験地の主な温湿度計は熱電対型通風乾湿球温湿度計(写真-1)と呼ばれるものです。これは、2組の熱電対の1組を乾球として気温を測定し、もう1組を湿球として薄くガーゼを巻いて常時湿らせ、湿球温度を測定するものです。これは定期的に水壺に水を供給したり、ガーゼの清掃、交換を行う維持管理が必要で低湿、高湿条件で精度が低くなる欠点があります。
この欠点を補うため、山城試験地の一部では並行して、有機高分子センサを感湿部に用いて電気的に測定を行う、高分子センサ型温湿度計による観測も行っています。これは低湿、高湿条件での観測も可能なのですが、経年変化があり、水に濡れると乾くまで正確な測定ができなくなる欠点もあります。写真-2に示す測器は、温度の測定をサーミスタで行っています。
以上は温湿度観測機器の一例ですが、他に1秒間に10回以上の測定が可能な超音波温度計や赤外線湿度計も乱流観測用に用いています。
10月25日京都市呉竹文化センターにおいて、平成12年度林業研究開発推進近畿・中国ブロック会議が、また翌26日には関西支所研究成果発表会が開催されました。ブロック会議には、林野庁、森林総研、近畿・中国森林管理局、林木育種センター関西育種場、および14の府県関係者が出席し、林野庁からは試験研究・技術開発の動向について、府県側からは最近の研究成果が紹介されました。さらに、近畿・中国ブロックとして緊急に解決を要する研究課題として「里山」関連課題他2件が摘出されました。
本年度の関西支所研究成果発表会では「複層林施業の技術的課題」(竹内郁雄)と「システムダイナミックスを用いた木材生産・流通・加工の統合化モデル開発の試み」(野田英志)が発表されました。また、特別講演として「スギの木と花粉症問題」(多摩森林科学園 横山敏孝)が発表されました。
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