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ホーム > 研究紹介 > 刊行物 > 森林総合研究所関西支所年報第45号 > 年報第45号 平成15年度関西支所の研究概要

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年報第45号 平成15年度関西支所の研究概要

ア.(イ).1.a 主要樹木集団の遺伝的多様性評価手法の開発および繁殖動態の解析

  • 目的 : ホオノキの近交弱勢に影響する要因を解析する。
  • 方法 : ホオノキ集団でしばしば見られる自殖不稔性(後発型自家不和合性)が近交弱勢の大きさ(δ値)にどのような影響を及ぼしているのかを推定するため、これまでの研究で推定された自殖率、優性の度合いなどの遺伝パラメータを用いて突然変異-淘汰平衡モデル(Lande et al. (1994)を改良したモデル)によるシミュレーションを行った。
  • 成果 : モデルによるシミュレーションの結果、突然変異率が高い場合(ゲノム突然変異率U>0.02)に、自殖不稔個体が増加すると致死遺伝子の頻度も増加し、生存率に表れる近交弱勢が大きくなることが示された。これまでの研究により、自殖不稔個体が見られるホオノキ集団は、自殖不稔個体が認められない集団よりも大きな近交弱勢を示すことが明らかとなっている。今回の解析により、この違いも自殖不稔による致死遺伝子の増加によって説明できることが明らかとなった。

ア.(イ).3.a 森林施業が森林植物の多様性と動態に及ぼす影響の解明

  • 目的 : 間伐後3年を経たスギ林において、間伐率によって林床の種数がどのように変化するのか解析をおこなう。
  • 方法 : 醍醐国有林(京都市伏見区)のスギ間伐試験地(間伐率:25%、50%、70%および無間伐)において、林床面に出現した維管束植物の種数を調査した。出現種数が、間伐率によって異なるかどうか統計的に検定した。
  • 成果 : 無作為化検定の結果、無間伐区と25%間伐区の間では種数に有意な差があるとは認められなかったが、その他の組み合わせではいずれも有意な差があると認められた。無間伐区および25%間伐区ではチャノキやシダ類の出現が比較的多く出現していた。一方、70%間伐区では、イワヒメワラビのような陽性のシダ植物や、ベニバナボロギクやヨウシュヤマゴボウのような外来草本が比較的多く見られたが、間伐前にあったチャノキも残存していた。

ア.(ウ).1.a-2 大台ヶ原森林生態系修復のための生物間相互作用モデルの高度化

  • 目的 : 大台ヶ原森林生態系における生物間相互作用モデルを高度化するため、ニホンジカ、野ネズミ、鳥、ミヤコザサ、樹木実生、土壌、節足動物などの相互作用についての定量的なモニタリング調査に取り組む。
  • 方法 : シカ、ネズミ、ササの除去実験区内で、5月から11月までササおよび実生の調査を行った。
  • 成果 : シカ除去区におけるササの現存量は、新生個体の発生にともなって9月まで増加し、その後、前年発生個体の枯死にともなって減少した。このササの現存量の季節変化に対応して、シカの個体数も9月をピークに減少し、シカによるササの採食圧も急減した。一方、樹木実生の生存率が9月以降に減少を始め、シカによる採食の影響が樹木実生に現れ始めた。

  • 目的 : 主要樹種のコホートについて、ササの影響の受け方がどのように違うのか検討する。
  • 方法 : 生存時間分析およびパス解析をもちいて、主要樹種の実生がササによってどのような影響を受けるか検討した。
  • 成果 : 2002年春に発生してきたウラジロモミおよびアオダモのコホートについて、1年間の生残状況を前のコホート(1997年ウラジロモミおよび1998年のウラジロモミ)と比較した。その結果、2002年に発生してきたコホートでは、発生当年のうちからミヤコザサの影響が以前のコホートと比較してはっきりあらわれていることがわかった。これは、ミヤコザサの地上部現存量が増加したことで、その影響がすみやかにあらわれているためであると考えられた。結果として、ニホンジカによるミヤコザサ採食の間接効果もよりはっきりした。

  • 目的 : モデルと実測値の適合度を高めるためにはより多くの実測値が必要なため、前課題(ア(ウ)1.a)に引き続き土壌の化学的性質のデータを得ることを目的とした。
  • 方法 : 2003年6月と10月に実験区の4実験小区(D0S0区、D0S1区、D1S0区、D1S1区)において、無機土壌(0-5cm)をくりかえし6地点で採取した。採取試料は風乾して粉砕後、土壌の全炭素含有率、全窒素含有率をNCアナライザー(住友化学NC800)で定量した。前課題で得られたデータに今年度のデータを加えて、土壌の全炭素含有率、全窒素含有率は初期値を除いた全測定値を用いてシカ、ササ、測定回の3元配置分散分析を行った。
  • 成果 : シカ非除去区ではシカ除去区より有意に低かった。ササ処理では有意差はなかったものの、全炭素含有率、全窒素含有率はササ刈り区では非ササ刈り区より低い傾向が認められた。シカがいる場合には、シカの採食によって土壌への有機物供給量が減少する一方、リターの分解速度や土壌中の窒素無機化ポテンシャルはシカ除去と非除去で同様であることが以前の研究で認められている。これらの結果、シカ非除去区で土壌の全炭素、全窒素含有率が低下したと考えられた。また、ササ刈りによっても土壌への有機物供給量が減少するが、有機物の分解速度も遅くなることが認められている。そのため全炭素含有率、全窒素含有率が低い傾向があるものの有意差がでるにはいたらなかった可能性がある。

  • 目的 : ミヤコザサおよびシカ、ネズミの存在が樹木実生の菌根にどのように影響を与えているのか検討する。
  • 方法 : ササの被覆およびシカ、ネズミの侵入を調節した各実験区からウラジロモミ実生を採集し、地下部については外生菌根の形成率を、地上部については同化部および非同化部の乾燥重量や葉の病害の程度を計測した。
  • 成果 : ウラジロモミ実生の菌根形成率は動物やササの影響を受けているとは言えず、地上部の形質で形成率に影響を及ぼしていると考えられるものもなかった。菌根形成率は2000年以降、全体に菌根形成率が低下する傾向が続いている。今回計測した実生の多くは昨年発芽したものであるが、2000年までのデータから、実生の加齢にともなって菌根形成率は増加すると予測され、今後、全体の菌根形成率が再び増加していくかどうか検証していく。
    ウラジロモミ実生の葉の病害については、昨年と同様、全プロットを通して病害の発生率は低く、2001年に見られたような処理による影響は見られなかった。

ア.(ウ).2.b 希少雑種の遺伝的多様性と繁殖実態の解明

  • 目的 : シデコブシの近交弱勢の現れ方や花粉不足の程度の集団による違いを検討する。
  • 方法 : 愛知県春日井市の大集団と三重県四日市市の小集団を対象にマイクロサテライト4遺伝子座を用いた遺伝分析で後期近交弱勢(発芽期以降の生存率に表れる近交弱勢)の大きさを推定するとともに、マイクロサテライト分析と人工受粉実験によって初期近交弱勢(胚段階の生存率に表れる近交弱勢)の大きさ、未受精率(受精されない胚珠の割合)、近交弱勢以外の原因で死亡した胚の割合を推定した。
  • 成果 : 初期・後期近交弱勢の大きさはそれぞれ0.59~0.70、-0.72~0.92となり、いずれも春日井市の大集団の方が四日市市の小集団よりも大きい値を示した。この結果は、小集団化が致死遺伝子頻度の減少をもたらすというHedrick(2002)の予想と矛盾しない。一方、未受精率および近交弱勢以外の原因で死亡した胚の割合はそれぞれ0.82~0.95、0.74~0.91となり、いずれの値についても四日市市の方が春日井市よりも大きな値を示した。これから、花粉不足と資源不足による結実量低下の度合いについては、四日市市の小集団の方が春日井市の大集団よりも大きいことが明らかとなった。

イ.(ア).2.a 斜面系列における養分傾度と樹木の養分吸収・利用様式の解明

  • 目的 : 光要求性が比較的高く、短期間で旺盛な成長を示す落葉広葉樹ミズメを調査対象として樹木個体間の地下部における種内競争が個体の成長におよぼす影響を明らかにする。
  • 方法 : 森林総合研究所関西支所の苗畑に光環境(明条件・暗条件、寒冷遮による)と個体間の地下部の競争(塩ビ板の仕切を埋設)を制御した実験区を設定し、ミズメ苗木を植栽した。地際直径、展葉枚数、シュート長を毎月測定した。また葉のサンプリングをおこない、窒素含有率を測定した。
  • 成果 : 各測定値の平均値については、地際直径・展葉枚数およびシュート長ともに明条件でより大きな値を示し、光環境の効果がみられた。一方、変動係数については、地際直径において「競争あり」の方が「競争なし」よりも変動係数が小さくなった。葉の窒素含有率については暗条件で高くなったが、個体レベルの窒素含有量は明条件で大きくなり、光環境の効果のみがみとめられた。ミズメ実生における地下部の競争が個体の成長におよぼす影響はこれまでのところ一貫した傾向がみられず、不明瞭であるが、次年度においてさらに詳細な調査・検討を行なう予定である。

イ.(イ).3.a 水流出のモニタリングと全国森林流域の類型化

  • 目的 : 全国の森林理水試験地と同一手法によりデータベース化を図り、精度の高い流域水収支評価を行う。
  • 方法 : 竜の口山森林理水試験地において、高精度の水文データを収集するとともに、観測結果のデータベース化を行う。
  • 成果 : 計画通りに観測を行い通年でデータを得ることができた。竜の口山森林理水試験地における2002年の降水量は875.5mm、北谷の年流出量は159.085mm、南谷の年流出量は161.699mmであった。流出率は両谷を平均して18.3%であった。

イ.(イ).4.b 森林流域における窒素等の動態と収支の解明

  • 目的 : 淀川集水域の森林における栄養塩類の動態と収支を解明する。
  • 方法 : 山城試験地の栄養塩類の収支を明らかにする。
  • 成果 : 山城試験地における窒素、イオウの年流入はそれぞれ5.6kg、6.3kgであった。また窒素、イオウおよび珪素の年流出はそれぞれ5.9kg、10.4kg、41.1kgであった。

イ.(イ).6.b 湿雪なだれの危険度評価手法の開発

  • 目的 : アメダスデータを念頭において日本の積雪地域における表層雪崩の危険度の判定を行い、雪崩れ危険度の予測を行う。
  • 方法 : 積雪の粘性圧縮モデルを用いて、積雪層の密度、含水率の鉛直分布の時系列推定を行い、含水率の変化による剪断強度の変化を考慮に入れた積雪の安定度推定モデルを作製した。
  • 成果 : 推定された各単位時間積雪層それぞれについて剪断強度指数と剪断応力を算出し、各層の安定度(剪断強度指数/剪断応力)を求めることによって弱層の検出を行った結果、危険度2以下の弱層存在期間と表層雪崩の発生に高い相関が見られた。

ウ.(ア).1.a 被害拡大危惧病虫害の実態解明と被害対策技術の開発

  • 目的 : 病害発生情報の収集および解析を行う。
  • 方法 : 病害発生情報の収集および解析を行う。
  • 成果 : 虫害の被害実態を明らかにするため京都府を中心に被害発生を探索した結果、ナラ枯損、マツ枯れ以外の虫害はほとんど観察されなかった。ナラ枯損に関しては天候の回復によって例年並みの様相を呈した。

  • 目的 : 森林病害虫発生情報を解析し、被害拡大の可能性を予測する。
  • 方法 : 病虫害発生情報データベースおよび担当者が収集した病虫害発生情報を基に、森林病虫害発生情報を解析した。
  • 成果 : 関西地域ではスギの褐色葉枯病、暗色枝枯病、黒粒葉枯病、溝腐病、ヒノキの暗色枝枯病、樹脂胴枯病、漏脂病の発生が報告されたが、重大な被害として問題になったものは無かった。庭園木ではマツ類の赤斑葉枯病、褐斑病、葉ふるい病、マンサクの葉枯れ、サカキ・ヒサカキの輪紋葉枯病、シキミのウィルス病、ソメイヨシノの幼果菌核病の発生が報告された。

ウ.(ア).1.b 集団的萎凋病の対策技術の開発

  • 目的 : ①ナラ類集団枯損が、Raffaelea quercivora (=ナラ菌)を伝搬するカシノナガキクイムシの集中加害によって発生することを証明するために、ミズナラ生立木にカシノナガキクイムシ成虫を接種して枯損を再現する。②ナラ類に穿入したカシノナガキクイムシの材内における様々な死亡要因、繁殖成功度に影響を与える要因等を解明する。
  • 方法 : ①京都府京北町上弓削の広葉樹二次林において、健全なミズナラ15本を選択しピペットチップによる強制接種区5本、網掛けによる自然接種区5本、対照区5本の3区に分けて接種した。病徴発生の有無を観察した後、試験木を伐倒し穿入個体の発育状況を調査した。また接種部位の変色面積比率を算出、さらに菌類の分離を行いナラ菌の分離率を求めた。②山形県櫛引町の過去の枯損履歴が明らかな広葉樹林において、ミズナラにスカート型、パイプ型およびネットによる羽化トラップを設置して羽化個体や天敵類を採集した。穿入密度の異なる穿入生立木を伐倒し割材調査により死亡要因を推定した。
  • 成果 : ①ピペット接種区5本中4本、自然接種区では5本すべて枯死した。枯死木はナラ類集団枯損同様の萎凋症状で枯死に至った。割材調査の結果、繁殖に成功している孔道数が多いほど変色面積率が高く、接種木すべてから「ナラ菌」が優占的に分離され、その分離率は枯死時期が早い個体ほど高く、変色面積比率と有意な正の相関が見られた。これらより、カシナガがナラ菌を運搬してミズナラを枯死させることを証明した。②羽化トラップの結果より、ミズナラ枯死木では繁殖成功度が高く、穿入密度や穿入履歴とは無関係に生存木では繁殖成功度が低かった。割材の結果、生存木の材内に多数の死亡幼虫が認められた。樹木の生死はカシナガ繁殖成功度に大きく影響することが確かめられた。

  • 目的 : MRIによる病原菌接種木の観察を引き続き行い、枯死機構について考察する。
  • 方法 : ミズナラの苗木にRaffaelea quercivora を接種し、MRIにより撮像(岩手医科大学との共同研究)して樹幹内水分分布の変化を検出する予定であったが、盛岡では7月~8月に低温が続いたため、接種による病徴進展は観察できないものと判断し、接種実験を中止した。昨年撮像した画像の解析および冷凍保存の供試木の解剖を行った。病徴進展に関する知見とMRIによる画像を対比させて、MRIにより得られる情報を明らかにした。
  • 成果 : 冷凍保存の供試木の一部は酸性フクシン水溶液を根から吸わせた後に冷凍したものである。試料を解凍して2~3cm単位で輪切りにして観察したところ、染色液で染まらなかった部位はMRI像で最も暗く見えた部分と一致した。病原菌接種後の通導阻害の拡大状況はMRIの像から判定できることを確認した。

ウ.(ア).2.a マツノマダラカミキリ生存率制御技術の開発

  • 目的 : マツノマダラカミキリの天敵サビマダラオオホソカタムシのマツ枯損被害地での野外放飼試験を行い、寄生率を明らかにするとともに、試験地内での成虫の移動分散に関する調査を行う。
  • 方法 : 滋賀県野洲町において、2002年に材線虫病で枯死したと思われるアカマツ18本を供試木とし、この内9本に2003年5月、ホソカタムシ成虫1,050個体を放飼した(放飼木)。残り9本を無放飼木とし、これらすべてを6月上旬から7月上旬にかけて伐倒回収し、関西支所で剥皮割材した。
  • 成果 : 割材調査の結果、放飼木6本において材内におけるホソカタムシの寄生が認められ、放飼木全体の寄生率は30.8%と昨年(46.9%)を下回った。しかし原因不明のカミキリ死亡率が53.8%に達し、この中には寄生を受けた後、何らかの原因でホソカタムシが死亡したものが含まれる可能性が高い。放飼木におけるカミキリの生存率は15.4%であった。無放飼木では昨年同様ホソカタムシの寄生は認められず、カミキリの生存率は94.7%であった。昨年の放飼成虫で試験地内に残留した個体、またはその次世代によると見られる寄生も確認されなかった。今年の供試木ではオオコクヌストおよびキツツキによる捕食の痕跡が数多く認められ、明らかに捕食を受けたと思われるカミキリ蛹室数を加えて死亡率を再計算すると、両者の捕食によるカミキリ死亡率は放飼木で46.9%に達した。したがって、ホソカタムシの放飼以前にこれらの捕食により、材内のカミキリ密度が低下していたものと考えられる。

ウ.(ア).2.c マツ抵抗性強化技術の開発

  • 目的 : 抵抗性マツ家系における線虫の行動追跡を継続して行う。
  • 方法 : 2年生の抵抗性クロマツ5家系の苗に7月24日、線虫を接種し、10日ごとに50日間試料を採取した。病徴進展、マツ組織内での線虫移動と増殖、樹木組織への影響の推移を調べた。
  • 成果 : 2年生の抵抗性家系苗では、1年生の場合より樹幹下部への線虫分散や組織内の線虫密度増加が遅かった。抵抗性がやや低いとされている家系でも、接種10日後に線虫密度が100頭/gを越えた個体はなかった。20日後以降は4家系の主幹部や根で線虫の増殖が進む傾向があったが、1家系では線虫分布が接種部周辺にとどまり、主幹下部から検出されなかった。この結果から、抵抗性発現の強さには、樹齢や苗のサイズも関わることが示唆された。

ウ.(ア).3.b スギ・ヒノキ等病害の病原体と被害発生機構の解明

  • 目的 : 暗色枝枯病菌の野外試料からの非分離検出法に取り組む。
  • 方法 : 暗色枝枯病菌が分離された罹病木患部材片から暗色枝枯病菌由来DNAを直接検出する手法の検討を行った。材片からDNAを抽出し、暗色枝枯病菌に特異的なプライマーを用いてPCRを行い、同じ材片から組織分離された暗色枝枯病菌菌株及び既存の暗色枝枯病菌菌株との比較をPCR-RFLP法により行った。
  • 成果 : PCRの結果、材片から抽出したDNAからPCR産物が得られた。PCR-RFLPの結果、材片由来DNAのPCR産物と組織分離菌株由来DNAのPCR産物のRFLPパターンは完全に一致した。それらは暗色枝枯病菌の一方のグループのそれと一致した。以上の結果から、材片から直接得られたPCR産物は暗色枝枯病菌由来のものであると考えられた。

ウ.(ア).4.b サル・クマ等の行動・生態と被害実態の解明

  • 目的 : サルによる農林業被害の増加はサルの分布拡大と人馴れ・農地依存の進行にともなって起きていると考えられる。被害防止に資するため分布拡大地域の植生を明らかにする。
  • 方法 : 滋賀県において1978年から2003年までの間にサルの群れの分布拡大が見られた地域の植生と1978年の時点で距離的に分布拡大が潜在的に可能であった地域の植生をGIS上で調整した現存植生図から読み取り、対比した。
  • 成果 : イブレフの選択係数を指標として、分布拡大傾向の強い植生を評価してみると、ヤブツバキクラス二次林(0.72)が最も高い値を示し、次いで竹林(0.52)、林業利用地(0.41)の順となった。逆に、忌避性が最も高かったのは湿地植生(ヨシクラス、ツルヨシ群集、ヌマガヤオーダーなど)(-0.71)、ブナクラス域二次林(-0.66)、ブナクラス域自然林(-0.31)、農業利用地(-0.29)の順であった。ブナクラス域と名づけられた高標高域よりもヤブツバキクラス域の低標高域への分布拡大の傾向が強いこと、低標高域の植生でも自然度の高い森林よりも中程度に人為的かく乱が加わった森林への分布拡大の傾向が認められた。サルの分布拡大、被害拡大と里山の管理・利用のあり方との関係が示唆された。

  • 目的 : 京都府の丹波、丹後個体群の駆除個体の性・年齢構成を比較し、それぞれの特徴とそのような捕獲傾向が生じる原因について検討する。
  • 方法 : 昨年度の分析により丹波個体群では丹後個体群よりもオスの若齢個体が捕獲される傾向が明らかとなったが、そのような傾向が、被害の種類やクマの行動と関連があると推測される駆除月、駆除された場所の景観、駆除された場所の地理的位置の偏りによるものかどうか検討した。
  • 成果 : 丹波個体群の駆除個体の年齢の偏りは、捕獲場所、捕獲月、捕獲地域に原因するものではないことがわかった。今のところ、捕獲個体の年齢に偏りを生じる他の要因は想定できず、丹波・丹後個体群駆除個体の性・年齢構成の違いは両地域の野生個体群の年齢分布の違いを反映していることが示唆される。健全な個体群からランダムに駆除が行われた場合、その年齢構成は若齢層が多く、年齢が高くになるにつれて徐々に減少していくと考えられるが、丹波個体群はそのパターンに近く、丹後個体群はそうではないいびつな齢構成をしている。丹後個体群は、生息域が狭く、生息数も少ないと考えられていることもあり、個体群動向をより慎重に監視する必要がある。

  • 目的 : 西日本のツキノワグマ個体群の遺伝的交流について明らかにする。
  • 方法 : 西日本のツキノワグマの4個体群と新潟個体群から、有害駆除等により捕獲されたツキノワグマの組織よりDNAを抽出し、マイクロサテライトDNA領域9遺伝子座についてそれぞれ遺伝子型を決定した。
  • 成果 : 対立遺伝子数の平均値およびヘテロ接合度の期待値の平均値は、それぞれ新潟個体群で最も高く、次いで丹波個体群で高かった。西中国・東中国・丹後個体群は、対立遺伝子数・ヘテロ接合度ともにそれらの集団よりも低い値を示した。個体群間の遺伝的距離(FST )は、丹波-新潟個体群間で、地理的に離れているにもかかわらず、全ての組み合わせのうちで最も低い値を示した。丹後以西の個体群はそれぞれ孤立が進んでいるのに対し、丹波個体群と本州中部の個体群の間には遺伝的交流が維持されていると示唆されてきた。本研究によって、丹後以西の個体群間に比べ、丹波個体群と本州中部個体群の間の方が遺伝的交流の頻度が高いことが裏付けられた。

ウ.(イ).1.b 森林火災の発生機構と防火帯機能の解明

  • 目的 : 防火帯に適した樹種を選定するための基礎資料を得る。林野火災の延焼特性をRothermelモデルから推定するための、可燃物燃焼特性パラメータ値を得る。
  • 方法 : 山城試験地に自生する樹木葉の含水率の季節変化を調べる。林内可燃物の燃焼特性のパラメータである熱量、無機含有率、Silica-free無機含有率、表面積-体積比、比重、限界含水率を調べる。
  • 成果 : 生葉の含水率の季節変化を24種の植物で調査した。落葉広葉樹のリョウブやカキノキは他の樹種に比べ含水率が高く、9月以降は含水率が低下する傾向を示した。コナラや常緑樹種のソヨゴ、アラカシ、ヒサカキは5月の新葉の時期以外は含水率の変化は小さかった。リョウブやカキノキなど生葉の含水率の高い落葉樹種は、夏季には防火樹としての機能を持つことがわかった。
    林内可燃物の燃焼特性のパラメータを45種の植物で調べた。熱量及び比重、限界含水率は樹種による違いが小さかったが、無機含有率、Silica-free無機含有率、表面積-体積比は樹種により大きく異なった。米国で用いられているRothermelモデルによる延焼速度予測式では、表面積-体積比や比重、Silica-free無機含有率の影響が大きいことがわかっており、Silica-free無機含有率が小さいほど、あるいは表面積-体積比が大きいほど延焼速度は速くなる。落葉広葉樹は表面積-体積比が大きく、可燃物量が同じであれば常緑広葉樹や針葉樹に比べ延焼速度が速くなることがわかった。また樹種の違いよりも可燃物の量や風速、斜面の傾斜角度が延焼速度に大きく影響することがわかった。

  • 目的 : 林床可燃物の種類(樹種)の違いが、含水率予測モデルの計算結果に及ぼす影響について検討する。
  • 方法 : 林床可燃物含水率と林床面日射量、降水量の含水率から、含水率予測モデルのパラメ-タを、林床可燃物の種類毎に同定する。それぞれのパラメ-タ毎にモデル計算を行い、計算結果を比較する。
  • 成果 : 隣接した常緑樹冠下と落葉樹冠下を対象に含水率予測モデルのパラメ-タを、「常緑樹冠下」、「落葉樹冠下」「共通」の3種類について求めた。パラメータは大きく異なったが、いずれのパラメータを使っても計算結果は同様のものとなった。これまでの研究で、「林床面日射量が大きく異なる場合には、同じパラメータを使っても、計算結果が大きく異なる。」ことが報告されている。したがって、可燃物の違いよりも、林床面日射量の違いの方が、含水率予測(ひいては危険度判定)に及ぼす影響が大きいことがわかった。

オ.(ア).1.c 国際的基準に基づいた生物多様性及び森林の健全性評価手法の開発

  • 目的 : 森林の健全性を評価する技術について検討する。 方法 : カナダ、オーストラリア、米国の研究者と共同で開催したシンポジウムにおいて、関西地域でナラ類集団枯損被害が増加している要因について報告した。
  • 成果 : 過去の枯損データの解析により、近年のナラ類枯損の増加には、人間の経済活動の変化も大きく関わっていることが推察された。森林の健全性とは何か、どのように測るか、という問題に取り組むには、現在の林分構造だけでなく、過去の施業履歴や森林管理手法についてデータを収集し、現状と比較する必要がある。

オ.(イ).1.a 酸性雨等の森林生態系への影響解析

  • 目的 : 関西地域の降雨および渓流水のモニタリングを行い、降雨および渓流水の水質の特徴を明らかにする。
  • 方法 : 関西支所および山城試験地において、降雨、渓流水を定期的に採取し、水質の調査を行った。
  • 成果 : 過去2年間は少雨であったが、本年は1,889mmと平年以上の降水量であった。降雨のpHとECはほぼ平年並みであった。渓流水質も昨年と同様であったが、夏季のNO3濃度の低下とDOC濃度の上昇は昨年に比べると顕著ではなかった。

  • 目的 : 日本に広く分布するAndisolsとInceptisolsの硫黄の蓄積実態を明らかにする。
  • 方法 : 複数の土壌断面の全層位から土壌試料を採取し、形態別硫黄含有率を測定する。
  • 成果 : 地球上の硫黄循環は人間活動によって大きな影響を受けていると考えられている。エネルギー需要の増大が著しいアジア圏では生態系における硫黄動態の解明が早急に必要である。しかしながら我が国には、硫黄動態を解明する上で不可欠な、森林土壌における硫黄蓄積実態についての情報がほとんどない。そこで本研究では複数の土壌の硫黄現存量調査を行い、土壌の硫黄集積能に寄与している土壌因子を特定した。その結果、Andisolsは欧米の土壌やInceptisolsに比べ、著しく大量の硫黄化合物を蓄積し、その現存量は現在までに世界で報告されている全硫黄現存量の中で最も高いレベルに相当すること、さらに主要な蓄積形態として重要なのはエステル硫酸態Sおよびリン酸イオン溶液に可溶の硫黄化合物(PO4可溶性S、吸着態硫酸イオンが主体)であることが明らかになった。またこれらの化合物の保持にはアルミニウム酸化物が密接に関わっていると推察された。

オ.(イ).2.e 多様な森林構造におけるCO2固定量の定量化

  • 目的 : 現在京都府相楽郡山城町の北谷水文試験地(山城試験地)のコナラ・ソヨゴ落葉広葉樹二次林において、主に微気象学的手法を用いて森林のCO2交換量の長期観測を行っている。
    しかし近年、大気安定時の移流によるフラックス過小評価が、傾斜地においては大きくなることが指摘されており、夜間の呼吸量が過小に測定され、結果として森林生態系のCO2交換量は吸収側に過大評価されてしまう可能性が考えれている。そこで生産生態学的手法を用いて得られた炭素固定量との比較から乱流変動法による夜間呼吸量の過小評価の検定と補正法の検討を行った。
  • 方法 : CO2フラックスの連続測定は山城試験地に設置された気象観測タワー(26.5m)において、クローズドパス式渦相関法と8点サンプリングによる貯留変化量測定によって行われた。一方、同試験地の地上部増加量と純一次生産は1994年と1999年の試験地内の全木毎木調査と計81本の伐倒調査によって得られたDBH、樹高と幹重、枝重、葉重との相対成長関係、地下部増加量は計19本の全根掘り取り調査から得られたD0と各直径界毎の根量の関係から求められた。
  • 成果 : 2000年から観測が続けられた、樹冠上でのCO2フラックスは平均-312(gC m-2 s-1)であった。この測定結果は夜間大気安定時の呼吸量の過小評価を考慮に入れていない数字である。これに対し生産生態学的手法を用いて得られた地上地下部での現存量増大分は145(gC m-2 s-1)であった。u*(摩擦速度)を夜間大気安定度の指標として用いた場合乱流変動法の値と生産生態学的手法による値を一致させた場合のu*しきい値は約0.28(m s-1)となった。このしきい値をもちいてCO2フラックスの再計算を行った場合。特に夏期の夜間の呼吸量の増大は顕著であり、8月9月に関しては光合成量がほとんどキャンセルされるという結果が得られた。これは呼吸量推定式に夏期の乾燥に伴う呼吸量の抑制が考慮に入れられていないからである可能性が考えられ、今後、チャンバー法による交換表面付近でのフラックスの結果からその妥当性の検討を行う必要がある。

オ.(イ).3.b-2 環境変動が海洋性気候下の寒温帯植生に与える影響の評価

  • 目的 : 地球温暖化時の積雪環境の高精度推定のためにアメダスデータを用いた分布型の積雪予測モデルの作製を行い、GCMシナリオ適応時の積雪環境の推定を行う。
  • 方法 : アメダスデータの気温、降水量、積雪深を用いた積雪水量分布推定モデルの精度向上をはかるために、モデル内に降水量標高分布と、気象庁積雪深平年値評価のルーティンを組み込んだ。
  • 成果 : 2001年に新潟県で行った積雪多点観測との比較では補正前はr2=0.28だったものが補正後はr2=0.48に増大し、推定精度の向上が見られた。最大積雪深時の平均密度を0.3と仮定した場合、推定値-実測値関係における傾きは1.05となり、小雪域での過大評価と、多雪域での過小評価の影響に起因してた傾きの減少の解消が見られた。

カ.(ア).1.a 各種林型誘導のための林冠制御による成長予測技術の開発

  • 目的 : 長伐期スギ林の林分構造を把握する。
  • 方法 :奈良県吉野地方のスギ高齢林分における成長について解析した。
  • 成果 : スギの適地では、林齢が230年生前後で胸高直径が110cm、樹高が50m前後の個体までは、毎年樹高成長することが確認できた。全間伐木における樹高成長量は、最も小さい値が4cm/年、最も大きな値が19cm/年であった。

キ.(ア).1.a 都市近郊・里山林の生物多様性評価のための生物インベントリーの作成

  • 目的 : コナラ属樹種の種子生産能力を解析する。
  • 方法 : コナラ、アベマキ、クヌギの個体サイズ-種子生産数を調査した。
  • 成果 : 落葉性コナラ属のうち、コナラは、クヌギ節の2種(アベマキ・クヌギ)よりも繁殖開始サイズが小さく、早熟であることが分かった。このデータをもとに推計をしたところ、撹乱が頻繁(例えば柴ヤマ管理など、伐期が極めて短い土地利用)なところでは、クヌギ節の2種では種子更新が発生しなくなり、長期的には個体群が衰退することが予測された。一方、コナラはこのような頻繁な撹乱条件下でも種子更新が可能であり、このことが里山の強度な土地利用下で、コナラが優占する要因の一つであると考えられた。萌芽能力の調査を行うために、萌芽林10箇所に固定試験地を設定した。

  • 目的 : コナラ属樹木は、里山における最も重要な構成樹種の一つである。コナラ属樹木の種子散布およ更新の過程には、種子捕食者であり散布者でもある齧歯類やカケスなどの大型の鳥類が深く関わっていることが知られている。したがって、両者の相互作用を明らかにすることは、里山林の保全、および里山林における生物多様性の保全にとって重要な課題である。
    本課題では、以下の2点を目的とする。
    a. 堅果の散布過程における野ネズミの影響評価(今年度は野ネズミ少なく失敗)
    滋賀県志賀町の里山林には、4種のコナラ属樹木(コナラ、アベマキ、クヌギ、ナラガシワ)が分布するが、優先度合いや更新状況は地点地点で多様である。これらの多様な森林の成立過程に、野ネズミが与える影響の評価を試みる。
    b.アカネズミにおける堅果中に含まれるタンニンによるanti-nutritional effectの回避機構の解明
    担当者は、タンニンを高濃度で含む堅果は堅果を常食するアカネズミにとっても潜在的に有毒であること、さらに、馴化によってタンニンの負の効果が低減されることを既に明らかにしている。今年度は、タンニンに対する馴化をもたらすと考えられるタンナーゼ(タンニン分解酵素)産生腸内細菌とタンニン結合性唾液タンパク質PRPsの効果を検討した。
  • 方法 : コントロールされた環境において、2群(馴化群と非馴化群)のアカネズミにミズナラの堅果のみを供餌し、生存率、体重変化、摂餌量、消化率、窒素消化率を測定し、堅果摂取によるインパクトの比較を行った。非馴化群は、堅果供餌に先立つ3週間をタンニンフリー条件下で飼育した。一方、馴化群には、人工飼料に合わせて毎日少量(約4g)の堅果を供餌し続けた。また、供餌実験と併せて、馴化のメカニズムとして重要と考えられるタンナーゼ産生細菌とタンニン結合性唾液タンパク質の検出・測定を行った。
  • 成果 : 供餌実験の結果、馴化群の死亡は12頭中1頭であったのに対し、非馴化群は14頭中8頭と高率であった。堅果供餌開始から5日間での体重減少は、馴化群では2.5%だったのに対し、非馴化群では17.9%であった。以上の結果から、馴化によって堅果タンニンの負の効果がほぼ回避可能であることが判明した。
    アカネズミの糞便中から、タンナーゼ(タンニン分解酵素)産生細菌が2タイプ検出された。1つはStreptococcus gallolyticus(連鎖球菌の一種、以下TPS)、もう1つは乳酸菌種群(以下TPL)であると同定された(神戸大学大澤研との共同研究)。野生のアカネズミにおけるTPSとTPLの保有率は、それぞれ62.5%、100%であり、菌数も平均してTPLの方が100倍程度多いことが判明した。また、タンニンフリー条件下では、アカネズミ糞便中のTPLコロニー数は減少するのに対し、TPSは変化が認められなかった。以上の点から、TPLはタンニンの代謝に関して重要な働きを持つが、TPSは持たないことが示唆された。
    以上の結果に基づいて、タンニンに対する馴化が生じるメカニズムをパス解析によって分析した。その結果、TPLとPRPsを多く持つ個体は、堅果摂食時の体重減少が小さいことが明らかになった。即ち、TPLとPRPsは、タンニンに対する馴化を獲得する上で重要な働きを持つものと考えられる。

  • 目的 : 志賀試験地に生息する哺乳類のインベントリーを作成する。
  • 方法 : 11月中旬に志賀試験地内の4ヶ所に自動撮影装置を設置した。撮影画角内に誘因餌としてバナナ・豚肉・マヨネーズを置き、8夜連続で撮影を行った。
  • 成果 : ニホンジカ・イノシシ・キツネ・ハクビシン・タヌキ・テン・ニホンザル・イエネコ・イヌが撮影された。一般的に捕獲することが難しいといわれる中・大型哺乳類の生息が確認されたことで、自動撮影を用いた生息調査が当試験地でも有効であることがわかった。今回の調査は初冬期に行ったが、季節により行動様式が異なる種がいることを考えると、春から夏にかけて再調査する必要があると考えられる。

  • 目的 : 動物の生物インベントリーの作成を目的とした昆虫類の採集を行う。
  • 方法 : 滋賀県志賀町および野洲町の試験地内にマレーズトラップを各4器設置し、4月下旬~9月下旬にかけてカミキリムシ類の採集を行った。
  • 成果 : 14年度の捕獲データを解析した結果、14年度の志賀町におけるカミキリ捕獲総種数42、総個体数243、多様度指数(H')4.32であった。一方野洲町では捕獲総種数27、総個体数127、多様度指数3.75であった。

  • 目的 : マツ樹皮下穿孔虫に寄生するキタコマユバチの産卵行動を実験室内でビデオ撮影することにより調査した。
  • 方法 : 透明スチロールケースの底に10cm四方のマツ樹皮あるいはコルク板を、寄主(サビカミキリ幼虫)を挟んで固定し、ケース内に雌バチ1個体を放って観察した。
  • 成果 : キタコマユバチの寄主探索・産卵行動は(1)触角による樹皮上での探索(ランダムな探索、集中的な探索)、(2)産卵管の樹皮下への挿入、(3)寄主の麻酔と産卵、の各過程に分けることができた。産卵未経験の雌の場合、樹皮を用いた場合はほとんどが初日の観察時間(4時間)内に寄主への産卵を行ったが、コルク板では初日から産卵に成功した例は少なく、日数が経過した後に産卵を開始する個体が多かった。しかし寄主探索行動の過程そのものには両者の間で違いはなかった。寄主探索および産卵管挿入に費やした時間は産卵した場合の方が無産卵の場合より長かったが、同じ無産卵でも日数経過後あるいは変更後の方が探索挿入時間は長くなる傾向があり、過去の産卵に基づく学習の影響が示唆された。

キ.(ア).1.b 人と環境の相互作用としてとらえた里山ランドスケープ形成システムの解明

  • 目的 : 里山林を構成する高木種の更新実態を明らかにする。
  • 方法 : 様々な林相の里山林40林分に配置した160個の方形区(4m2)おける2年間の観察より、高木性樹種稚樹の消長を解析した。
  • 成果 : コナラやアベマキの1年生以上の稚樹は恒常的に林床に見られたもののその回転率は高く、常に枯死と稚樹の発生によって入れ替わりが激しいことが示された。両種の秋まで生きた当年生稚樹のその後1年間の死亡率は約50%で、枯れ下がりなどによりほとんど伸長していない。一方、常緑性のアラカシは回転率が低く、より安定した稚樹バンクを形成し、また稚樹は伸長していた。これらのことから、長期的にはアラカシはコナラやアベマキより、林内に多くの稚樹を貯留する能力があると予測された。

  • 目的 : 森林の現存量及び純一次生産量を推定する。
  • 方法 : 山城試験地周辺で伐倒調査を行い、胸高直径と各器官重間の相対成長関係を求め、過去に行った毎木調査のデータに適用して、山城試験地の全林木とつる植物の現存量・純一次生産量・葉面積を算出する。
  • 成果 : 山城試験地の1cm≦DBHの全林木とつる植物の地上部現存量は105.05t/ha、葉面積は8.39ha/haと算出された。このうち3cm≦DBHの林木が占める割合は92.2%と88.3%であった。地上部現存量のうち65.3%は落葉広葉樹が占め、続いて常緑広葉樹26.1%、針葉樹5.7%、つる植物2.9%の順であった。地上部現存量のうち葉の占める割合は7.7%であった。1cm≦DBHの全林木の地上部純一次生産量は15.84t/ha/yrと算出され、このうち3cm≦DBHの林木が占める割合は94.0%であった。
    3cm≦DBHの林木現存量ではコナラが最も多く、地上部現存量の33.0%を占めていた。次いでソヨゴ(17.2%)、オオバヤシャブシ(10.6%)、ネジキ(6.2%)、リョウブ(4.9%)の順に多かった。生産量に占める割合は、コナラが30.1%、ソヨゴ13.4%、ネジキ10.5%、オオバヤシャブシ8.9%、リョウブ6.7%であった。1cm≦DBH<3cmではコバノミツバツツジが地上部現存量の67.8%を占め、次いで多いモチツツジとあわせるとこの2種で80.7%を占めていた。生産量でもこの2種で81.8%を占めていた。つる植物では1cm≦DBH<3cmのアオツヅラフジが全地上部現存量のうちの84.3%を占めていた。

  • 目的 : 里山構成種の繁殖活動を劣化させる環境要因の解析を行う。また、それらの種の集団遺伝構造を解析する。
  • 方法 : 志賀共同試験地の林床草本種ミヤコアオイ27集団を対象に、繁殖形質(開花シュート率、結果率、果実あたりの結実種子数)に及ぼす森林タイプ(針葉樹人工林vs広葉樹2次林)と結実期(6月)の相対光量子束密度(RPPFD)の影響を解析した。また、シュートサイズ(葉サイズ)と開花頻度(開花個体の割合)との関係も調べた。さらに、コナラ2次林とヒノキ人工林の2集団を対象にしてアロザイム4遺伝子座16対立遺伝子の空間分布パターン(対立遺伝子頻度の空間自己相関)を解析した。
  • 成果 : 開花シュート率と結果率については森林タイプによる有意な違いが認められなかったが、結実種子数に関しては有意差が認められ、広葉樹2次林の集団の方が針葉樹人工林の集団よりも大きな値を示した。結実期のRPPFDとの有意な相関を示したのも3形質中結実種子数のみであり、明るい場所ほど結実種子数が多くなる傾向が認められた。シュートサイズと開花頻度との関係にも森林タイプによる違いが認められ、広葉樹2次林の集団の方が針葉樹人工林の集団よりも小さなサイズクラスで開花する傾向が認められた。アロザイム4遺伝子座の対立遺伝子の空間分布パターンについてみても森林タイプによる違いがあり、広葉樹2次林で4m以内の拡がりを持つ対立遺伝子の集中班が認められる一方で、針葉樹人工林では有意な集中班は認められなかった。これらの結果は、森林タイプによる有性繁殖量の違いが遺伝子の空間分布パターンに影響している可能性を示唆している。

  • 目的 : 樹木実生の生存状況について樹種間の違いを把握し、またそれにかかわる環境要因について検討する。
  • 方法 : 銀閣寺山国有林試験地において実生調査を継続した。その結果えらえた樹種ごとの生存曲線を比較検討し、樹種間で生存曲線がどのように違うか検討した。また、その生死に関わる環境要因について検討した。
  • 成果 : Kaplan-Meier法により、アラカシとクロバイの実生の生存曲線を推定し、両者を比較した。その結果、アラカシの実生よりもクロバイの実生の生存率が低いことがわかった(log-rank検定、p < 0.001)。クロバイ実生では特に初期の死亡率が高かった。アラカシはクロバイよりも発生数は少なかったが、死亡率は低かった。環境要因との関連を比例ハザードモデルにより検討したところ、両種とも、斜面下部の急傾斜の部分で死亡リスクが上がることがわかった。そのほか、スギ、タカノツメ、コシアブラについても生存曲線の推定をおこなったが、いずれも生存率は高くなかった。

  • 目的 : 里山林として維持されてきたコナラ2次林の林分構造の実態を明らかにする。
  • 方法 : 志賀町共同試験地において、萌芽再生したコナラ2次林の毎木調査をおこなう。
  • 成果 : 3月までに毎木調査に予定しており、萌芽再生したコナラ2次林の林分構造の特性を把握する。

  • 目的 : 樹木の健全性低下に関わる要因を生理学的観点から抽出する。
  • 方法 : 関西地域の里山におけるナラ類の集団枯損について、近年の被害増加の要因を検討した。
  • 成果 : 過去のナラ枯損の報告や京都府の調査から被害増加要因を検討した。枯損は1930年代から近畿中国各地で散発的な発生が報告されており、1950年代には「樹齢の高いナラ林で被害が出る」ことが把握されていた。病原菌の媒介昆虫の繁殖には若齢木は適さないことが知られている。関西地域で1990年代以降に被害が増加したのは、里山の薪炭林が利用されなくなり、樹齢が50年生以上に上昇したことと関係がある。罹病木の増加に社会的要因が関わることは、森林の健全性維持について議論する際に考慮すべきであると判断された。

  • 目的 : 1930年ごろの里山ランドスケープを支えてきた伝統的なシステムに焦点を当て、集落組織や年中行事などを通して、地域住民が里山ランドスケープを形成し、維持する上でどのような役割を果たしていたのか、について明らかにする。
  • 方法 : 滋賀県志賀町の守山集落と栗原集落を選定し、地域資源の分布と利用形態、集落組織による資源管理、および伝統行事や祭典が行われる信仰的空間の特徴をとモデル化し、2集落間で比較した。
  • 成果 : 湖上交通を利用した集落外への地域資源の大きな流れのもとに地域資源の利用が行われていた志賀町守山集落では、共有林から湖岸まで地域資源をつなぐ経路上に共同管理の重点が置かれ信仰的空間が分布していた。また、地域住民は集落組織に組み込まれ、特に利用の大きかった山林資源を管理し、持続的に利用する仕組みが形成されていた。
    一方、山間に位置し、交通の便が良くなかった栗原集落では、耕作地に適した丘陵地も生かして集落内でほとんど完結する耕作地を中心とした自給的な地域資源の利用がみられた。そこでは水系に沿って共同管理の重点と信仰的空間の分布がみられ、地域住民は組織に組み込まれて特に水資源を持続的に利用する仕組みが形成されていた。
    また守山・栗原両集落に共通して、集落組織は地域資源を持続的に利用するための役割を担っていた。さらに地域住民は年齢または地縁に応じて集落組織に入り、必然的に里山管理に組み込まれていく仕組みになっていた。このような仕組みによって里山ランドスケープは視覚的にも精神的にも一つのまとまりをもって維持されていたことが示された。

  • 目的 : 人と里山空間との相互作用によって形成された、代表的な景観構成要素の一つである集落周辺の孤立木、および小規模の孤立樹林地(以下、孤立木等と略)について景観パターンの特徴を明らかにする。
  • 方法 : 志賀町試験地を対象地とし、現地踏査により孤立木等の位置、地形や立地の特徴、樹木の状況、周辺の土地利用、歴史・文化的地物、家屋や集落との関係などを調査した。利用目的、管理状況、過去の状況等は、周辺居住者への聞き取り調査によった。
  • 成果 : 孤立木等は立地、樹種、利用目的、他の土地利用、景観構成要素との組合せから、23の景観パターンに整理することができた。そして、景観パターンごとに成立の新旧、維持管理主体、集落社会における性格的な位置づけ、を検討した。そこから、一部の景観パターンは古いものだけで構成され、新規の形成が行われていないこと、共有的な管理の下にあるものに比べ、私有の孤立木等は維持体制が脆弱であること、ひとつの孤立木が集落の人々にとっては複合的な意味付けの下に捉えられていること、を明らかにした。

キ.(ア).1.c 都市近郊・里山林における環境特性の解明

  • 目的 : 森林の水質浄化機能評価のため、降雨時の流出を考慮した窒素収支を明らかにする。
  • 方法 : 山城試験地流域において、定期的に降雨、林内雨、樹幹流、土壌水、渓流水を採取するとともに、降雨時の渓流水を採取して、窒素酸化物等の汚濁物質の流入・流出量を測定した。
  • 成果 : 山城試験地流域における2001、2002年の降雨によるN負荷量(NO3-NとNH4-N)はそれぞれ5.6、5.4kg/ha/yrであり、欧米の森林において顕著な窒素流出を引き起こすとされる10kg/ha/yrは越えていなかった。しかし2001、2002年の渓流水へのN流出量(NO3-N)はそれぞれ5.9、3.1kg/ha/yrであり、流入と同等あるいは流入の半分以上のNが流出していた。N流出量は2001年が2002年に比べて多かったが、その理由は2001年の降水量が前年の降雨が多かった影響で、2001年の流出水量が2002年に比べて多かったことによる。

  • 目的 : 林床面近傍(5cm深)における地温、土壌含水率の空間変動について、流域レベルで観測を行い、比較を行う。
  • 方法 : 山城試験地内に、地形を考慮して4ヶ所の観測プロットを設置し、地温、土壌含水率の通年連続観測を行った。
  • 成果 : 山城試験地内に尾根部、北向き斜面、沢底部、南向き斜面の4プロットを設営し、地温と土壌含水率を10分間隔で通年観測を行った。月平均地温は、南向き斜面で高く、尾根部で小さい傾向になった。最大で7℃程度の差があり、冬期に違いは大きかった。土壌含水率は、尾根部で極端に小さく、他の3プロットではほぼ同程度であった。

  • 目的 : 山城試験地尾根部葉面におけるCO2フラックスの季節変動特性及び空間変動特性の把握とその要因を検討する。
  • 方法 : 山城試験地尾根部のコナラとソヨゴ成木において、その樹冠部最上部と最下部に自動開閉式葉群チャンバーを設置し、葉面におけるCO2フラックスの長期連続観測を行った。この4ヶ所におけるCO2フラックスの季節変動特性及び空間変動特性の把握とその要因の検討を行った。
  • 成果 : 山城試験地のコナラとソヨゴの樹冠部最上部と最下部の計4ヶ所に自動葉群チャンバーを導入し、季節変動パターンの観測を行った。その結果、最大光合成量はソヨゴの最下部では12月、コナラとソヨゴの最上部では5月、コナラの最下部では6月に観測され、ピーク付近の波形は最上部の方が鋭い形状を示した。また、下向きCO2フラックスは、夏期に両樹種とも最下部が最上部より大きかった。山城試験地では冬期に落葉によって樹冠下部の相対照度が100%近くに上昇し、開葉時期も部位によって異なることがピークの時期の差に関係していると考えられ、これらのモニタリングが季節変動の評価に重要であると考えられた。また、夏期の光合成量低下の要因については土壌水分の低下、気温の上昇、飽差についての検討が必要と考えられた。

キ.(ア).1.d 都市近郊・里山林の管理・利用実態の解明

  • 目的 : 都市近郊里山林管理において必要となる森林情報の現状について調査する。
  • 方法 : 都市近郊林管理や里山林管理のワークフロー分析を行う。また、都市近郊林・里山林を管理する森林組合担当者に対するインタビューにより、森林情報利活用上の問題点を解析する。
  • 成果 : 現在、研究対象とした森林組合では森林簿・森林計画図といった森林情報のデジタル化がすすめられつつある。そのような状況の中で、森林情報の精度・正確さが問題となってきた。具体的には、森林簿に記載されている森林区画が森林計画図に存在しない、またその逆で、森林計画図にある森林区画が森林簿に存在しないといったことである。今回調査を行った都市近郊・里山を中心に管理している関西地方の森林組合で、森林計画図に存在する森林区画が森林簿に存在しない場合は3,165件あった。森林計画図に存在する全森林区画は7,422件なのでその約半数は森林簿に存在しない森林区画となっている。その逆に、森林簿に記載されている森林区画6,006件のうち、森林計画図に存在しないのは1,898件で、その約32%となっている。このような森林簿・森林計画図のデータ不突合のデータ件数は、ほかの地域に比べてかなり多い。森林情報をデジタルデータとして整備した九州地方の森林組合のデータ不突合が約3%、関東地方の森林組合で5%、東北地方で約3%となっている。都市近郊・里山林地域を管理する当地方の森林組合でこのような不突合の多い理由としては、不在村森林所有者の増加や急速な都市化が進む中で、これまでの森林情報の整備が滞っているためと考えられる。このことは、都市周辺地域にある都市近郊・里山でも同様の問題が発生していると思われる。

  • 目的 : 滋賀県志賀町における1930年ごろの里山ランドスケープの空間構造をGIS上に示し、植生分布および里山景観に関しての定量的評価を行う。
  • 方法 : 滋賀県志賀町守山および栗原における優占樹種による土地被覆と土地利用の把握を行うために、5万分の1地形図をGIS(TNTmips Ver8)に取り込んだ。地形図の植生記号と聞き取り調査、および現存植生図の情報を統合し、土地被覆ごとの面積、集落からの距離、所有形態などの特徴を明らかにした。
  • 成果 : 志賀町における1930年ごろの里山では、水田-畑地-宅地-クヌギ・アベマキ林-アカマツ林-スギ・ヒノキ林-ミズナラ林-ススキ群団・ササ類という共通した土地被覆パターンが見られた。両集落とも明治時代から植林が少しずつ行われ、山麓部の河川付近にはスギやヒノキの人工林が広がっていた。守山ではアカマツ林の面積割合が多く、栗原では守山に比べて集落面積に対する水田の面積割合が多いことが分かる。また栗原ではまとまったススキ草原が見られるのに対して守山では明確な形では現われなかった。
    守山では、集落から標高500m付近には個人山と集落の共有林を集落の戸数で平等に分配し地上権は個人に属する割山が多く分布した。扇状地に広く分布するアカマツ林やクヌギ・アベマキ林は15~20年周期で伐採し、柴や割木にして湖岸から船で主に湖東へ販売された。道路付近のアカマツは建築材として100年~200年切らずに残された。伐採跡地は再生するまで柴、牛の飼料や緑肥を得るための採草地として利用された。
    栗原では、大面積の水田が肥沃な古琵琶湖層群の丘陵地に広がっていた。水田の畦畔は牛の飼料や敷草、水田の肥料のための採草地であった。水田・畑地の周辺には主に自家用の柴や割木をとる私有林のクヌギ・アベマキ林が、山麓部にはアカマツ林が広がっていた。標高500m以上に分布するミズナラ林は集落の共有林で、燃料用の柴や割木が自由に採取された。山頂上付近には屋根材用のススキを得るまとまった茅場があった。
    集落からの距離や所有形態に応じて水田や畑地などの耕作地、採草地としての畦畔、薪炭林、建築材として残しておくアカマツ林、集落の財産として育てていた人工林など用途に応じてまとまった地域資源が分布し、宅地を中心として一つのまとまりある里山の空間構造が形成されていた。

  • 目的 : 里山林保全に関して独自の取り組みを行っていることが把握された自治体の実態を把握する。
  • 方法 : 前年度に行った「自治体における里山林保全の取り組み状況」に関するアンケート調査の結果、独自の取り組みがあると回答した自治体について聞き取り調査を行った。
  • 成果 : 和歌山県西牟婁郡中辺路町では、「集落周辺環境整備事業」から発展した「里山整備事業」が展開されている。同事業では主に民家および農地の隣接山林において、人工林の間伐に対する補助と人工林の皆伐後の樹種転換に対する補助を行っている。
    本事例においては、「里山=集落周辺の山林」というように地理的な位置付けから里山を規定していることが特徴となっている。そのため、間伐林分を対象とした木材生産に関わる部分と皆伐林分の樹種転換を対象とした非木材生産に関わる部分とが同一の事業において併存している。このことは、人工林林業地帯においては、「里山整備」の名称でありながら人工林における木材生産もその目的の一つとなりうることを示している。

キ.(ア).2.b-2スギ花粉暴露回避に関する研究

  • 目的 : スギ人工林における間伐率と花粉生産量との関係を解析する。
  • 方法 : 醍醐国有林の30年生スギ林に設定した無間伐区(対照区)・25%間伐区・50%間伐区・75%間伐区(2000年に間伐実施)にリタートラップを設置して、2003年春の雄花生産量を推定した。
  • 成果 : 雄花生産量は、無間伐区(対照区)・25%間伐区・50%間伐区・75%間伐区でそれぞれ187.3・130.8・135.9・244.5kg/haとなり、超強度の間伐で雄花生産が最も促進される一方で、通常・強度の間伐により雄花生産量が抑制されることがわかった。しかし、雄花生産量の順位が今後変化していく可能性もあるため、調査を継続する必要がある。

キ.(ア).2.c保健休養機能の高度発揮のための森林景観計画指針の策定

  • 目的 : 名勝地における景観の変遷をふまえた上で、地域住民による景観評価を行い、歴史的景観の保全のあり方を検討する。
  • 方法 : 天橋立およびその周辺の松林を対象として、視点とそこからの景観の特徴の変化を把握した上で、地域住民に対する郵送アンケートなどに基づき、密度変化などによる松林景観に対する印象の相違、景観上で重要な場所などを明らかにした。
  • 成果 : 天橋立における歴史的景観は、典型的な白砂青松を中心として、周囲の寺社や観光施設、あるいは地域住民の生活や生業の様子などと一体となった人文景観を呈してきた。天橋立を望む数多くの視点や、名松と呼ばれるランドマーク木や寺社などの名所の存在によって生み出される多様な景観の見方、楽しみ方は、長い歴史の中で変化しながら今日に受け継がれてきた。
    今日の景観上の問題として地域住民が指摘したことは、自然環境について、砂嘴・海岸線の保全について、松林景観について、街並みや建物について、観光地としてのあり方、ゴミ・汚染対策、という6つの項目に整理された。そして、マツの植樹や薬剤散布、枯死木の適切な伐採、薬剤以外の効果的な対策の研究など、多くの地域住民が何らかの手だてを通して天橋立周辺の松林景観を維持することを望んでいることが示された。
    天橋立において今後も特に残していきたいマツとして指摘されたのは、阿蘇海周辺の視点から近距離景ありランドマーク木となるマツや、伝説などに基づいて名称があり、文化的な資産として位置づけられるものが多かった。また、マツの密度が低くなるにつれ、また広葉樹の混交率が高くなるにつれて、天橋立の景観としての評価が低くなるという共通点が見られた。植生調査の結果からは、日照不足によるマツの生育障害が指摘されており、間伐などにより今日の松林の密度が70%ほどまでに減少しても、景観上の評価は大きく変化しないことが示された。

  • 目的 : 景観評価、行動解析実験を行うとともに、現地での体験の特徴を明らかにするため、オンサイト(現地)とオフサイトでの景観評価の比較を行う。
  • 方法 : 京都大学芦生研究林内のトレイルを対象地として、一般利用者の現地景観に対する評価実験(以下、OSと略)を実施するとともに、同じ利用者に対して一定日数後に郵送された景観写真による評価(以下、PBと略)を2回実施し、それらの間で比較を行った。
  • 成果 : 評価形態間の景観指標値の差は、PB同士を比較した場合は6週後、3ヶ月後、1年後のいずれの時点間でも大きな変化は見られなかった。しかし、OSとPBの間ではいくつかの地点で明確な差が示され、写真による評価が現地での評価をうまく再現しない、逆に言えば、現地においては写真だけでは判断できない要因が評価に影響している場合があることが示された。また、3時点の景観指標値に基づく相関係数の分析からは、写真による評価間では直線的な関係が比較的強く、信頼性、再現性とも高いことが認められたが、OS-PB間の相関は地点ごとの場合でも、個人単位でみた場合でも低い例が多く、現地での評価と写真による評価の間に直線的な関係は想定しづらいことが示された。周囲が一様な景観を呈しやすい人工林や、シーン景観として特定のフレームに切り取りやすい景観(眺望景観など)は写真による再現性が維持されやすいといえるが、天然林や動線自体の景観は再現性が低かった。

サ.(イ).1.a 持続的な森林管理・経営の担い手育成及び施業集約・集団化条件の解明

  • 目的 : 京都府における林業労働力確保育成に関わる行政側の諸施策とその役割について考察する。
  • 方法 : 京都府林務課および京都府林業労働力支援センターにおいて聞き取り調査を行った。
  • 成果 : 京都府行政による林業労働力確保育成の諸施策は、就業相談から実際の就業および定着まで細かく段階ごとに設定されていることが特徴であった。つまり、就業前段階では「就業相談会」および林業体験合宿「グリーンスカウト」が、仮採用段階では「緑の担い手緊急雇用対策事業」が、本採用後では技術研修「ニューグリーンワーカー」および「グリーンワーカー」がそれぞれにおいて実施されている。新規参入者の全てが上記の過程を経るわけではないが、これらの施策が的確に対象を捉え、林業労働力の確保育成に貢献していることがその実績からうかがえた。
    ただし、これらの研修は技術面の改善のみに傾倒している。今後、定着率をより高めていくということも目標の一つとするとならば、生活面についてもフォローする機会ができるとより良いと考える。

  • 目的 : 2000年『国勢調査』から読み取れる新しい労働力参入の動向を把握し、労働力の将来推計を行う。
  • 方法 : 『国勢調査』1985、1990、1995、2000年を用いて、コーホート分析によって林業作業者数の将来推計を行った。
  • 成果 : 国勢調査によれば、1985~2000年の15年間では従来より若齢コーホートで見られた林業作業への参入超過が壮齢コーホートまで拡大するトレンドがあった。とりわけ、1995~2000年の5年間では参入超過となった年齢の上限が上がり、20歳~59歳のコーホートまでが参入超過であった。一般的な生産年齢のコーホートでは他産業から林業作業への流入超過の状態になっていることが読み取れた。
    コーホート分析による林業作業者数の将来推計の結果、1995~2000年までの変化率を用いた場合、2010年までは20%程度の減少率で推移するが、その後減少率は低下し、2025年(24千人)を底にして増加に転じる。そして2050年には26千人に回復することが明らかになった。