シカがいても成長する樹オオバアサガラ
─大型草食動物の常在地域における低嗜好性広葉樹の更新特性の解明─
現在、広葉樹林化を妨げるものの1つに、ニホンジカを中心とする大型野生動物の採食活動があげられます。シカが常在する地域では、林床植生の衰退が顕著となっており、それは自然に更新した有用広葉樹の稚・幼樹、もしくは植栽した広葉樹苗木においても例外ではありません。こうした植生の衰退は、表土流亡を引き起こしかねず、持続的な森林経営を危うくさせかねません。表土をいかに守るかが重要と考えられます。そのためには、シカ個体数の管理が軌道に乗るまで、シカが採食を好まない(低嗜好性)広葉樹の育成により林床の環境を守って行き、その後、改めて有用広葉樹の導入につなげる段階的な戦略が必要と考えられます。
東京農業大学奥多摩演習林では、シカ食害により、すでに下層植生の衰退がみられ、わずかにハシリドコロ、ヒトリシズカ、マツカゼソウといったシカの嗜好性の低い草本しか生育していません。高木性の樹種ではオオバアサガラ(Pterostyrax hispida)のみが、広く更新、生育していることから、低嗜好性の広葉樹と位置づけられると考えています。したがって、シカ常在地域といった特異的な環境下において広葉樹林化を図るには、当面、このオオバアサガラを広葉樹林化に適した樹種として取り上げ、森林化に向けた基礎的資料の整備を試みました。
オオバアサガラの生育特性を明らかにするため、オオバアサガラが群生するギャップ地からそれと隣接する約50年生スギ人工林の林内にかけてオオバアサガラの更新状況を調査しました。オオバアサガラの生育本数は、スギ林の内部に向かうにつれて減少し、特に、当年生稚苗は、ギャップ地に接する林縁付近のみに生存が確認されました。暗い林床下においては、オオバアサガラの更新はほとんどまれで、更新できたとしても良好な成長は期待できないという傾向にありました。一方、光環境条件が異なるスギ人工林内に植栽したオオバアサガラは光条件が良いほど良好な成長を示すほか、いったん活着(根づいて成長する)すれば、林内の光環境が多少悪化しても生存率に大きな変化をもたらさないこと、また、高い萌芽(株付近からの芽が萌出る)性を有する傾向にあることが明らかになりました。
光環境の異なる箇所でオオバアサガラの種子を播く試験を行ったところ、発芽には光条件の良否が大きく関係していること、種子の乾燥は発芽率の低下を招くこと、7月末までに発芽のほとんどは終了することなどが明らかになりました。さらに、オオバアサガラの種子の形状を調べた結果、種子には翼がなく、いずれの種子も空洞を有し0.8の比重選でもほとんど沈まないなどの特性を示すことから、風散布というよりも水散布的な特徴を持っているものと推察されました。
なお、2008年秋にライトセンサス(動物の個体数を調べるために夜間、明かりを照射しその光りで目が反射するのを利用して数える)法によって調査した奥多摩演習林内のシカの生息密度は、2005年におけるピーク時に比べて3分の1ほどに減少したものの、夏場においては8〜12頭/km2 生息していたと推定され、依然として高い密度にあると推測されました。

下層植生が衰退した林分

光条件の良い箇所にはオオバアサガラが更新

オオバアサガラの果実

種子の形状
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