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更新日:2012年7月18日

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野ネズミにとってドングリは本当に良い餌か?

関西支所 生物多様性研究グループ 島田 卓哉
北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター 齊藤 隆

背景と目的

堅果(ドングリ、コナラ属樹木の種子)は、腐りにくく貯食が可能な大型の種子であり、しかも生産量が大きいために、森林に生息する動物にとって秋から冬にかけての貴重な餌資源となっている。中でも、アカネズミなどの森林性の野ネズミは、種子を消費するばかりではなく種子散布者としても働いており、堅果との相互作用は特に密接である。すなわち、里山林の主要な構成種であるコナラ属樹木は野ネズミに依存した更新様式を持ち、逆に野ネズミの個体数は堅果の豊凶に同調して変動することが報告されている。これらのことから、堅果は野ネズミにとって「良い餌」であると信じられてきた。

ところが、コナラ、ミズナラなどの堅果には、消化管への損傷や消化阻害作用を引き起こすタンニンが乾重比3〜9%という高濃度で含まれている。堅果を重要な食料としている野ネズミが食べてもタンニンによるダメージを被らないのだろうか。そこで、堅果中のタンニンの影響を検証するために、アカネズミを用いて、コナラ、ミズナラ堅果の供餌試験を行った(写真1)。

成果

京都府内で捕獲したアカネズミ24頭を3群に分け、それぞれに十分な量のコントロール飼料(マウス用人工飼料2種の混合)、コナラ堅果、またはミズナラ堅果のみを与え、体重、摂食量、消化率および窒素消化率の推移を記録した。実験には、昆虫による食害や変質のない堅果で、種皮を取り除いたものを供餌した。用いた堅果の栄養成分およびタンニン含有量(タンニン酸による換算量)を表1に示した。ミズナラ堅果はコナラ堅果の約3倍の濃度のタンニンを含んでいる。

実験期間中(15日間)の死亡個体数は、コントロール群では0、コナラ群では1であったのに対し、ミズナラ群では6頭であり、うち5頭は1週間以内に死亡した。コナラ、ミズナラ堅果を供餌したアカネズミは著しく体重を減らし(図1)、実験開始から5日間での体重変化は、コントロール群で-1%、コナラ群で-17%、ミズナラ群では-24%に至った。

堅果を摂食したアカネズミに何が起こったのかを摂食量と消化率の面から検討した(表2)。ミズナラ群の摂食量はコナラ群の約半分であった。また、消化率は両群とも約80%と高率であったが、窒素消化率はコナラ群が12%に対し、ミズナラ群では-17.5%と負の値を示した。窒素消化率が負の値を示すということは、ミズナラ堅果を食べれば食べるほど、体内のタンパク質(窒素)が失われてしまうことを意味する。タンニンは消化酵素や消化管上皮などのタンパク質と結びついて体外へ排出する作用を持つため、堅果中のタンニンの効果によって窒素消化率の低下が生じたものと考えられる。

以上の結果から、ミズナラのようなタンニンを多く含む堅果は、アカネズミにとって潜在的に有害であることが明らかになった。しかしながら、野外ではアカネズミが頻繁にミズナラ堅果を利用していることもまた事実であり、野外では何らかの生理的・行動的な方法によってタンニンによるダメージを克服しているものと考えられるが、詳細は現在研究中である。

本研究により、堅果は「良い餌」であるという従来の考えが誤りであることがわかった。悪い餌を工夫して利用しているという視点から、堅果と野ネズミとの相互作用を捉え直す必要があるだろう。

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写真1 アカネズミ

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図1 堅果を摂取したアカネズミの体重変化
(0日目から堅果の供餌を開始した)

表1 堅果の栄養成分およびタンニン含有量
  コナラ ミズナラ
粗タンパク(%) 4.52 4.42
粗脂肪(%) 2.46 1.68
粗灰分(%) 2.81 1.49
粗繊維(%) 1.93 2.10
炭水化物(%) 81.0 78.6
タンニン (%,タンニン酸当量) 2.65 8.60
カロリー (kcal/g) 4.24 4.30

数値は乾重に対する値(種被を含まない)

表2 堅果を摂食したアカネズミの摂食量および消化率
  コナラ供餌群 ミズナラ供餌群
平均 標準偏差 平均 標準偏差
摂取量(g/day/g0.75 0.31 0.02 0.19 0.05
消化率(%) 79.7 3.9 77.9 4.8
窒素消化率(%) 12.0 12.3 -17.5 30.9

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