研究紹介 > 刊行物 > 研究成果選集 > 平成14年度 研究成果選集 2002 > 病原力の弱いマツノザイセンチュウの特徴を知る ―媒介昆虫への乗り移り行動について―
更新日:2012年7月18日
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森林微生物研究領域 | 森林病理研究室 | 相川 拓也、小坂 肇 |
広島大学 | 総合科学部 | 富樫 一巳 |
マツ材線虫病は、北米大陸から侵入したマツノザイセンチュウ(以後線虫と略す)(写真1)によって引き起こされる侵入病害である。この線虫は、マツノマダラカミキリ(以後カミキリと略す)(写真2)によって伝播される。このような侵入病害に対する防除対策の1つとして、「生態学的微害化」が考えられる。この対策は、病害の根絶ではなく、宿主(本病ではマツ)、病原体、およびこれらを取り巻く環境要因を操作することで、被害を低レベルに抑えることを目的とする。本病を生態学的微害化へ導くには、マツの抵抗性を高める方法と、線虫の病原力(マツを枯死させる能力)を弱める方法の2つあり、前者については別途、抵抗性育種事業が進んでいる。では、線虫の病原力を弱めるにはどうしたらよいだろうか?野外には病原力が非常に強い線虫から弱い線虫までいることが明らかになっている。病原力の弱い線虫が野外で個体群を維持している仕組みを理解することで、それらが優占的に生息するマツ林を作ることができないだろうか?このような観点から、線虫カミキリに乗り移る行動を調べ、病原力の弱い線虫の特徴を探った。
線虫がカミキリに乗り移る時には、まず分散型第3期幼虫と称するカミキリに乗り移る前の準備段階の幼虫(以後LIIIと略す)へ発育し、その後分散型第4期幼虫と称するカミキリに乗り移る幼虫(以後LIVと略す)へと発育する。この2つの発育期の幼虫数を把握することは、線虫の乗り移り行動の特徴を知るうえで重要である。クロマツ小丸太に、病原力の強い線虫(5,000頭)または弱い線虫(5,000頭)を接種し、同時にカミキリ幼虫1頭を接種して、丸太からカミキリ成虫が脱出するまで放置した。カミキリ成虫の脱出後、丸太内の線虫密度、およびLIII、LIVへ発育した線虫数とカミキリ成虫体内に乗り移ったLIV数について比較した。
丸太1g当たりの線虫数(線虫密度)は、病原力の強い方が多く(図1:A)、LIIIへ発育した線虫数も、病原力の強い線虫の方が弱い線虫よりも約8倍多かった(図1:B)。両線虫の線虫密度が同じであっても、病原力の強い線虫のLIII数が弱い線虫より多くなることがわかった(図2)。丸太内でLIVまで発育した線虫数は、病原力の強い線虫の方が、弱い線虫よりも約83倍多く(図1:C)、カミキリへ乗り移ったLIV数も病原力の強い線虫の方が、病原力の弱い線虫より約135倍多かった(図1:D)。また、総線虫数に対するLIIIへ発育した線虫の割合およびLIII数に対するLIVへ発育した線虫の割合も、病原力の強い線虫の方が高かった(図3:A・B)。
これらのことから、病原力の弱い線虫は病原力の強い線虫に比べ、LIII およびLIVへの発育が起こりにくく、その結果カミキリに乗り移る数が極端に少なくなることが明らかとなった。これは、一見、病原力の弱い線虫にとっては不利な事実にみえる。しかし、LIVが多く乗り移ったカミキリは寿命が短く、飛翔能力も低下することがわかっている。したがって、カミキリに多く乗り移ることは伝播の機会を減少させる可能性があり線虫にとって必ずしも有利とはいえない。病原力の弱い線虫が野外で生存できる理由の1つは、カミキリを長期間媒介者として利用する伝播戦略をもつことによると推測された。この他にも病原力の弱い線虫にはさまざまな生態的、行動学的特性があることが予測される。そのような特性を探り出し、利用することを通じて生態学的微害化への道を探っていきたい。
写真1 マツノザイセンチュウ雌成虫(体長約1mm)
写真2 マツノマダラカミキリ成虫
図1 病原力の異なるマツノザイセンチュウ間での、丸太内の線虫密度(A)、分散型第3期幼虫・分散型第4期幼虫へ発育した線虫数(B・C)、およびマツノマダラカミキリに乗り移った分散型第4期幼虫数(D)の比較
LIII:分散型第3期幼虫、LIV:分散型第4期幼虫
図2 病原力の強いマツノザイセンチュウ(●)と病原力の弱いマツノザイセンチュウ(○)における線虫密度と分散型第3期幼虫(LIII)へ発育した線虫数との関係
2つの回帰直線は統計上平行であった
図3 病原力の異なるマツノザイセンチュウ間での、総線虫数に対する分散型第3期幼虫へ発育した線虫の割合(A)、および分散型第3期幼虫数に対する分散型第4期幼虫へ発育した線虫の割合(B)の比較
LIII:分散型第3期幼虫、LIV:分散型第4期幼虫
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