日本には2種類のクマが生息しており、北海道にはヒグマが、本州と四国にはツキノワグマが分布しています。両種とも雑食性ですが、ツキノワグマは大きく植物食に偏っており、餌の9割が植物とされています。特にブナやミズナラなどブナ科樹木の堅果(いわゆるドングリ)はツキノワグマの秋季の重要な餌資源であることが知られています。
クマは交尾後にすぐに受精卵が着床せず、子宮内で胚のまましばらく発育を休止するという特性を持っています(これを着床遅延と呼びます)。夏の交尾後、秋に十分な栄養をとり、体内に脂肪を蓄えることができたメスのクマの胎内では、胚の発生が再開し、冬ごもり中に出産します。このため、秋に堅果が豊富にある年には良い栄養状態になりやすく、出産に至るメスの割合や出産総数が増える、すなわち翌年の子グマの加入数が増える可能性は十分考えられます。
北米のクロクマ(アメリカグマ)では、ドングリの大凶作の後には出産するメスの割合が60%以上減り、2年後の子グマの加入数も70%以上減ったという研究例があります。ツキノワグマでもドングリの豊作・凶作が繁殖成功に影響する可能性は十分にあると考えられますが、日本のツキノワグマで出産数とドングリの豊凶を長期的に直接結びつけた研究は、まだほとんどありません。
一方で、堅果の種類によって栄養価が異なること、ブナ科堅果の豊凶周期は地域ごとに同期するとは限らないことなどから、豊凶と個体数の増減が必ずしも単純な一対一の関係になるわけではありません。さらに、クマの個体数そのものは繁殖だけでなく、有害駆除や事故死、生活圏の環境変化など、多くの要因の影響を受けます。このため、堅果の豊作が続けばクマの個体数が増える可能性はありますが、豊凶だけで将来の生息数を予測することはできません。
実は、クマとブナの関係は、秋の「実り」だけに限られません。春、ブナが花をつける時期には、クマが花や花芽を利用することもあり、この段階でその年の実りの状況がある程度決まります。こうした早い季節の餌条件が、ドングリが本格的に利用できる秋を待たずに、実がなり始めるよりも前にクマの行動が活発化する一因になっている可能性があります。
なお、その年のクマの出没数や有害駆除数は、当年の堅果の豊凶と直接対応することが、国内の多くの地域で示されています。山のドングリが大きく凶作になると、クマは山の中だけで必要なエネルギーを確保しにくくなって、広い範囲を動き回るようになり、結果として人里への出没件数が増えるということです。
現状では堅果の豊凶パターンとクマの個体数変動の関係を一般化できるほどの研究情報は十分ではありません。今後も堅果の生産量、クマの出没状況、繁殖状況などの観測データを蓄積して、慎重に検証していく必要があると考えています。
(森林総合研究所多摩森林科学園 岡 輝樹)