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平成21年3月に新築した「木造試験家屋」
おもに一時預かり保育室「すぎのこ」として利用
(写真左:外観写真右:室内の様子)
関西支所では平成20年度に木造試験家屋を新築しました。これは、平成19年度に採択された文部科学省科学技術振興調整費女性研究者支援モデル育成事業「応援します!家族責任を持つ女性研究者」の4つの取組の一つとして、本所とともに関西支所にも一時預かり保育室を開設するためのものです。一時預かり保育は、男女共同参画および次世代育成の観点から、職員の業務と家族責任との両立を支援する職場環境整備の一環として行うもので、既に多くの大学等が一時預かり保育室の運営を開始しています。森林総合研究所は他の農林水産省関連の独立行政法人に先駆けて当該事業に採択され、エンカレッジモデルにより、男女共同参画の推進と、ワーク・ライフ・バランスを図るための職場環境・研究環境の整備に取り組んでいます。すなわち、エンカレッジモデルは、研究か家庭か、仕事か家庭かの二者択一ではなく、仕事(ワーク)と生活(ライフ)の調和をシステムとして構築することによって、それぞれの能力が存分に発揮される魅力あふれる研究所の実現を目指すものです。吉川産業技術総合研究所理事長(当時)の言葉を借りれば、「女性の輝かない社会に明日はない」のです。
新築した木造試験家屋は、主要な建築資材として用いた国産のスギ無垢材にちなんで、愛称を「すぎのこ」としました。一時預かり保育室として使うのと同時に、木質住環境の研究のために、室内の温・湿度測定、音環境の測定と、化石燃料代替効果の検証のためのペレットストーブ利用試験を実施することとしています。
関西支所の公開講演会を10月20日に開催しました。平成20年度は、その時々にあげた研究成果をトピックス的に報告するこれまでの研究発表会ではなく、一つのテーマに絞り込んだ「公開講演会」として、「森の土の不思議な世界」をテーマとしました。それが関西支所の研究の一部であっても、関西支所の最近の研究成果を広く一般の方々に理解していただくことを意図してのことです。
この他にも、下記の3件の公開シンポジウムを企画・開催しました。
丹後半島民家シンポジウム「民家が語る里山の価値」(8月23日)では、里山をうまく活かしてきた知恵と技術がたくさん詰まっている丹後の古民家を対象として、建築や森林利用などの面からこれまで行ってきた研究成果を紹介しました。
クマ類の出没メカニズムに関する国際ワークショップでは、海外の研究者を交えて、これまでの研究成果についての議論と研究の促進を図る研究会「クマ類の出没メカニズム」を11月21日に開催し、翌11月22日には、一般向けの公開シンポジウム「森の外でクマさんと出遭うわけ」を開催しました。ツキノワグマの里への出没が顕著に多い年が数年間隔で生じ、頻発する人身被害への対処として大量捕獲が行われてきました。これに対し、生活の安心・安全の観点と野生動物の保護の観点から、クマ類の出没のメカニズムや非致死的な被害の防止法に関する研究の推進が求められています。国際ワークショップの成果は「FFPRI Scientific Meeting Report 4」(http://www.fsm.affrc.go.jp/Nenpou/other/proceedings-bear20081121-22.pdf)にまとめています。
里山に関する公開シンポジウムでは、「これからの里山の保全と活用」と題する講演会を10月28日に開催し、翌29日に現地検討会を開催しました。当研究所の運営費交付金による研究プロジェクト(運営費交付金プロジェクト)「人と自然のふれあい機能向上を目的とした里山の保全・利活用技術の開発」(平成18~20年度)による研究成果を基にして、マツ枯れの激化やナラ枯れの増加などの里山林の危機的な現状を紹介しながら、これからの里山を健全に維持していくための保全と活用の方向性について提言しました。なぜ放置してはいけないのか、何をすればより良い里山になるのかについて解説し、管理の考え方と具体的な手法を提示するための冊子「里山に入る前に考えること」(http://www.fsm.affrc.go.jp/Nenpou/other/satoyama3_200906.(PDF:2,773KB))を発行しました。
研究成果は社会には正確に伝わりにくいという問題があるため、木質資源の利用による低炭素社会への転換を意識した「豊かな生活スタイル」として社会に提案するためには、実証試験を通して実現性のある里山管理手法の手順と結果を示して、一般社会の認知を高める必要があります。関西支所では、交プロ「現代版里山維持システム構築のための実践的研究」(平成21~25年度)を開始します。放置された里山の伐採・バイオマス資源の利用によって健康な里山林を再生し、安定的な環境保全システムを作るための里山研究の一部は、トヨタ財団の研究助成を受け、居住者・NPO等と協働で「里山の”社会-生態システム”における動的安定性回復のための社会実験」(平成20~22年度)を開始しています。
プロジェクト研究では、一つの目標を達成するために、豊富な知識と発想能力を備えた多様な研究者が組織的に取り組む必要がありますが、自然科学だけでは技術開発のレベルに留まってしまいます。森林総合研究所のプロジェクト研究でも、研究成果の社会還元を念頭に置いて、科学知識や開発した技術を人々が使えるようにするための社会科学的手法が必要となります。研究成果を社会・国民に効率的に還元することができるように、研究成果が実際に社会で活用されることをイメージさせる社会科学的な研究も盛り込んで、研究におけるイノベーションを意識して研究することが必要です。里山研究においては、新たな社会システムの構築に向けての「温故知新」、つまり現代における循環型社会の構築に活かすために過去の里山における持続的森林資源管理の技術とその根底にある文化の解明研究が必要とされています。社会と乖離した研究にイノベーションは存在しないし、事実の解明や技術の開発に留まらず、それらのシステムを通して社会に新たな価値を提供することが求められています。
研究成果の普及活動には、その基本となる森林環境教育が重要です。森林総合研究所の存在は、その研究活動を理解する国民によって支援されているのです。森林とのつきあい方を現代にあった形に直して、森林資源を循環させることが地球環境の改善に寄与することにもなります。関西支所では、科学技術振興機構(JST)の地域科学技術理解増進活動推進事業を通して、上述の里山に関する研究成果の普及・教育活動を実践しました。児童・生徒や教師・保護者などの多くの方々に研究成果としての正確な情報を伝えるために、「里山と人のつながり」と「森林の健康とは」をテーマとして、「森林研究と自然学習とのコラボレーション-コンセプトと活動事例-」(http://www.fsm.affrc.go.jp/Nenpou/other/shizen-gakushu_200905.(PDF:1,031KB))を刊行しました。
平成21年9月
森林総合研究所関西支所長 藤井智之
一括版のpdfファイルはこちらです。年報第50号(平成21年版)(PDF:586KB)
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