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年報第40号 試験研究の概要

研究問題XII
先進開発地域の森林機能特性の解明とその総合的利用手法の確立

森林総合研究所においては科学技術行政や農林水産行政のここ数年の動向を踏まえ、研究ニーズの高まりつつある行政、社会、学術の各分野に関わる基礎的・先導的研究を視野に入れた「森林総合研究所の研究基本計画」を平成9年4月に改定した。この研究基本計画では6つの基本的な研究推進の方向を定めているが、このうち関西支所では、①森林生態系の特性解明と森林の環境形成・保全機能の増進、②森林資源の充実と林業における生産性の向上、⑤地域に根ざした林業の発展と森林の多面的利用技術の高度化、に重点をおいて研究を進めている。

大課題1「風致林・都市近郊林を中心とする森林の機能解明」では、森林と人間との共生及び生物多様性の保全を図っていくという社会的・学術的ニーズに対応する必要があることから、森林の植生、動物、土壌、渓流水、景観等を長期的にモニタリングするとともに、森林の有する多面的機能の高度発揮に資する基礎的・先導的研究への取り組みを強化した。

大課題2「多様な持続的林業経営と施業技術の体系化」では、戦後積極的に行われてきた拡大造林はほぼ完了し、現在では森林を健全な状態に育成して循環させるという行政的ニーズに対応する必要があることから、生物害管理技術、及び生産から流通・加工に至る資源の持続的利用に関わる基礎的・先導的研究への取り組みを強化した。

大課題3「地域森林資源管理手法と森林資源の総合的利用手法の確立」では、森林の有する環境機能, 文化機能などの行政的、社会的ニーズに応える必要があることから、ランドスケープエコロジーに基づく森林保全計画手法の研究に端緒を拓くとともに、気候変動が地域森林の炭素固定能などに及ぼす影響解明に取り組んだ。

1. 風致林・都市近郊林を中心とする森林の機能解明

都市近郊林の生態系の機能に関しては、竹林の拡大速度、ニホンザル個体群の土地利用特性、マツ穿孔虫類の寄生蜂の性比配分機構等の解明を行った。水土保全機能に関し、関西地域の落葉広葉樹二次林で、林床植被率と燃焼性が関連して地表火の危険性を高めていることを示した。また適合性の良い土壌水分推定モデルを開発した。林内の環境形成の基礎として林床面のエネルギー収支と森林構造の関係を解明した。都市近郊林の風致機能については、カエデ紅葉色の形成を肥培条件と含有色素量から明らかにし、また嵐山の施業履歴等各種情報のGIS化により今後の風致施業指針を得る手法を提案した。森林レクリエーション空間の評価構造と利用者属性を解析し評価手法開発の基礎を構築した。断片化した生態系に関しては、森林サイズ変動に伴う昆虫の種子加害と更新の関係解明や、人為攪乱下の群落動態を予測するモデルの開発を行った。

1). 風致林・都市近郊林生態系の機能解明

(1). 植生回復に伴う土壌発達の初期過程の解明(→主要成果P16)

関西支所構内実験林の斜面に設置した試験地(アカメガシワ区、ヤシャブシ区、アカマツ区、草本区、対照区)において前年に引き続き、植物の成長調査、微生物バイオマスC、全炭素・全窒素含量、採取時含水率の調査を行うとともに、土壌温度をデータロガーで自動計測した。対照区以外の区では夏期の土壌温度が対照区に比べて低くなったことは、植物の生育にともない蒸散効果が現れてきた効果と推定された。しかし処理区間で土壌の化学的性質の差は生じなかった。

(2). 広葉樹二次林を構成する種の特性の解析

平成9年度までの研究により、銀閣寺山国有林におけるアラカシの実生密度が急傾斜地において高いことがわかった。平成10年度は銀閣寺山国有林に設置した実生調査区において実生の消長を調査し、環境要因との関連を検討した。また、銀閣寺山国有林と、京田辺市内の広葉樹二次林とにおいてアラカシの実生を植栽し、その生残状況を調査した。銀閣寺山国有林の実生調査区においては25種251個体の新規加入個体が記録されたが、夏の間に多くが死亡し、秋の生残数はコナラを除いて前年とあまり変わらなかった。種別では、スギ・コナラ・クロバイの順に多かった。植栽試験では、尾根部において乾燥による枯死がみられた。

(3). 竹林の分布拡大速度と将来予測

昨年度に引き続き、近江八幡市と八幡市(京都府)や大山崎町~島本町などのエリアについて空中写真の解析を継続し、それらの竹林について、地形図と空中写真から得られる情報をもとに拡大に影響する立地環境要因を解析した。その結果、竹林の拡大/非拡大および拡大速度の大きさには、竹林と隣接する箇所の植生が最も強く関係しており、植生がオープンなほど竹林が拡張しやすいものと推察された。

(4). 野ネズミの越冬生態と個体群維持機構との関連(→主要成果P33)

臼歯の磨耗状態による齢査定と標識再捕獲によって、ヒメネズミのコホート(同齢集団:同じ繁殖シーズンに出生した個体の集合)の置き換わりを解析した。前年秋の生存個体数に対する越冬確認個体数の比は、1996年から97年では6/19、97年から98年では1/7であり、両年度間に顕著な違いが認められた。また、春生まれのコホートと秋生まれのコホートの間にも、越冬生残率に顕著な違いが存在した。3年間のデータから、秋期まで生残する春仔の多寡が、越冬個体数に直接効いてくることが示唆された。

(5). 異なる生息環境がニホンザルの土地利用形態と繁殖に及ぼす影響(→主要成果P31)

農林産物に対して被害をもたらしているニホンザルの生態について、行動域および土地利用に関する基礎的な資料を収集した。人為的な影響の少ない森林に生息する野生群とは異なり、農地への依存度が高い集団では見かけ上の行動域面積が拡大する可能性があること、土地利用は農地や市街地周辺に集中するかなり偏りの大きいものであることなどが明らかとなった。これらの知見は、限定された地域での有害駆除の実施が予想外に広範囲の地域にまで影響する可能性(地域個体群の縮小・絶滅の可能性)を示唆するものであり、ニホンザルの個体群管理を考える上で重要な問題を提起するものであった。

(6). 堅果食性キクイムシの生態(→主要成果P28)

交尾後の雌成虫だけで繁殖用の孔道を創設するドングリキクイムシの創設雌の孔道入口付近でのガード行動が、何に対して行われているかを調べるため、堅果に雌成虫(創設雌)を接種後9日目ないし22日目に創設雌を取り除き野外の林床に設置したところ、91%が同種雌の侵入を受けたことから、ガード行動は同種雌の侵入を防ぐために行われていることが判明した。また、侵入個体は創設雌の子が卵か若齢幼虫であれば全滅させるが、終齢幼虫以降になると殺さないことが判明した。Hypothenemus seriatusの未交尾雌を堅果に接種し、産卵の有無と単為生殖の有無について調べたところ、接種後ある程度卵巣を発達させるが、産卵はおこらなかったことから本種は単為生殖しないことが明らかとなった。

(7). マツ穿孔虫類寄生バチの繁殖様式の解明及び飼育法の改良(→主要成果P29)

キタコマユバチ(Atanycolus initiator)では、雌バチがサイズの大きい寄主に多くのメス卵を配分していることが明らかになった。このような寄主サイズに応じた性比配分が進化するためには、雄より雌の方が体サイズが増えるとともにより多くの適応度を得られる、という条件が必要となる。調査の結果、雌ではサイズと適応度の間に正の相関があるが、雄では、寿命および交尾能力に関しては大きな個体が有利だが、発育所要日数に関しては小さな個体ほど有利という結果になった。したがって、サイズに依存した適応度の増加傾向は雄より雌の方が顕著であり、寄主サイズモデルの前提がほぼ成立していることが明らかとなった。

(8). 樹木の水分通導調節による水ストレス耐性機構の解明(→主要成果P27)

根のキャビテーションに対する感受性は、あるものは非常に高く(キャビテーションがより発生しやすい)、あるものは地上部の幹と同程度であった。地上部では当年生幹が1年生幹に比べて高い注入圧でよりキャビテーションが発生しやすい傾向にあった。日中の水ポテンシャルが-1.5MPaにまで低下することがあるので、一部の根では水分通導性が40%近く失われていることを示している。Mean cavitation pressureと水分通導組織の解剖学的特性との関係をみると、感受性の高い根のグループともう一方の根のグループとでは明らかな違いが認められた。つまり、同じ木部径あるいは同じ仮道管径に対して、感受性の高い根のグループの mean cavitation pressureはかなり低かった。それぞれのグループの中では、仮道管内径や木部径とキャビテーション感受性とに明瞭な関係は認められなかった。

2). 都市近郊林の水土保全機能の解明

(1). 林床可燃物の分布特性の解明

京都府南部に位置する山城水文試験地北谷試験流域において、林床可燃物として重要な落葉・落枝量の季節変化および草本層植物の燃焼性と分布を調査した。落葉・落枝量の平均値は、L層が春から秋にかけて徐々に減少したのに対し、F層+H層は徐々に増加した。全体ではわずかに減少する傾向を示した。落葉・落枝量と胸高断面積合計や地形との関係は明瞭ではなかった。草本層に出現する植物のうち燃焼性が小さいと判断される常緑植物は、当試験地では種数、植被率ともに低かった。燃えやすく危険と判断される植物はネザサ、ウラジロ、コシダの3種だけだが、高植被率で出現する場合があった。当試験地は地表火に対しては危険な状態にあると考えられた。

(2). シダ群落の土壌保全機能の解明 (→主要成果P22)

京都市山科区の山火事跡地に発生したワラビ群落の根茎強度、根茎による繁殖速度、ワラビ現存量と枯死体による地表被覆量を明らかにすることを目的として研究を行った。ワラビ根茎の最大抗張力は切断面直径の増加に伴って指数的に増加し、平均最大抗張力も9.26kg・fと高かったため、根茎の分布密度によっては土層の安定や侵食防止に寄与する可能性も考えられた。50cmの根茎を植え付けた場合の根茎生重量は1年間で約3倍に、地下茎長は約6倍に増加し、根茎による繁殖力が大きいことが認められた。一方、ワラビ現存量については葉長との関係から非破壊で推定が可能であることが分かった。

(3). 林地表層土壌の水分動態の解明

都市周辺の森林土壌(京都市左京区)では観測期間中の著しい土壌乾燥は記録されなかったが、孔隙特性解析から土壌は乾燥しやすい物理的特徴を有するとともに、強い乾燥履歴を示す土壌構造が発達していることが明らかになった。また、多雨地域(大台ヶ原山)では土壌は水分過湿気味であるが、下層にササが存在する区ではササが無い区に比べて、土壌水分が低下しやすいことが判明した。森林土壌の水分量は、気象条件によってその変動パターンを推測することができたが、推定値の方が水分量の変動が大きく値自体もやや低かった。今後、モデルにAo層の遮断効果や透水速度の水分依存性などを取り入れる必要があることが判明した。

(4). 森林樹冠上の熱収支における地形要因の解明

山城町北谷国有林において新規に建設された気象観測タワーにおいて、超音波風速計と温湿度計を用いた乱流変動法とバンドパスコバリアント法による顕熱と潜熱のフラックス観測を行った。この結果と放射収支観測を比較することにより、タワー上端部における乱流変動法によるフラックス観測の妥当性の検討を行った。測定された顕熱と潜熱の和は放射収支量とおおむね良い対応を示しており、また潜熱移動量も流域水収支法から得られた値と比較して妥当な値が得られた。

(5). 渓流水中の微量流出元素と有機物との関係の解明

渓流水の鉄濃度は、採取時にろ過した場合は硝酸を加えても加えなくても無処理の場合と同じ濃度であったが、ろ過をせずに硝酸を添加すると鉄濃度が増加した。この結果より、硝酸の添加によってコロイド中の鉄が可溶化することが判明した。また、フレームレス原子吸光法による渓流水中の鉄を分析する際の検量線は、分注量を変化させて検量線を作成するよりも、濃度の異なる溶液を一定量加えて作成する方が直線性がよいことが明らかになった。

3). 森林の風致及び環境形成機構の解明と評価手法の確立

(1).林床面における熱エネルギー分配機構の解明(→主要成果P21)

京都市左京区銀閣寺山国有林に設定した試験プロットを対象とした。着葉期と落葉期の開空度はそれぞれ16%、22%であった。放射収支の観測結果から、有効放射量と短波放射収支量は3、4月をピークとする季節変化を示した。これは太陽高度が比較的高く、かつ落葉期であったためである。また長波放射収支量から、着葉期と落葉期の開空度の差はわずかであるにもかかわらず、大気-森林の熱交換面は着葉期は林冠表面から、落葉期は林床面へと変化することが分かった。熱収支の推定結果から、潜熱量は4月が最大であった。この時期、顕熱量と潜熱量はほぼ等しかった。

(2). カエデの形質に及ぼす養分条件

カエデ類は景観林の主要な構成樹種であり街路樹や庭園木としても重要であるが、紅葉期の葉色に対する養分条件の研究はこれまでなかった。本研究ではイロハモミジを養分条件の異なる水耕法によって育て、葉色の時間的推移を色彩計によって調査するとともに、葉中の色素含量についても分析を行った。その結果、窒素含量が少ないほど、早い時期から色の変化が起こり鮮やかな色彩になること、リンが欠乏すると早い時期から色の変化が起こるが発色は鈍く鮮やかではなくなることが判明した。色素含量の調査から、窒素欠乏区とリン欠乏区ではアントシアニンの生成の時期が早まり、窒素欠乏区ではさらにクロロフィルの生成量が少ないことが明らかになった。

(3). 風致施業の定量的評価と最適化手法の開発

昭和初期から今日まで嵐山国有林で行われた風致施業計画、実施された施業、景観の時系列的推移を明らかにし、風致計画に必要な景観、生態、経営という3つの基礎的な情報と、時間スケールや空間スケールという評価軸に基づいた風致施業の最適化手法を検討した。調査の結果、昭和初期から今日までの風致計画、および具体的な施業の実施状況の特徴は、(1)1919~30年:1917年の台風被害対応の施業、(2)1931~45年:1931年の計画にそった施業、(3)1946~62年:戦後需要および1953年の台風被害対応の施業、(4)1963~82年:マツ枯れ対応にともなう施業、(5)1982~96年:植樹祭・治山事業中心の施業、という時系列にそって変化したことなどが明らかになった。

(4). 森林レクリエーション地域の風致評価構造の解明(→主要成果P24)

マクロ・メソ・ミクロスケールにおけるこれまでの調査結果から、森林レクリエーションサイト計画策定時にスケールごとに留意すべき点を明らかにした。マクロスケールでは、利用者が日常レクサイトに対して持っているイメージをアンケート手法で調査し、自然・レクに対する経験や態度がサイトの評価に影響を与えること、また評価軸は多元的であることを示した。メソスケールでは、写真投影法によって実際の活動時の風景体験を調査し、年齢・来訪目的・経験・グループの構成がサイトにおける景観体験の質に差異をもたらすことを明らかにした。ミクロスケールでは、注視点解析によって景観の構図的特徴と視覚生理的反応の関係を明らかにし、視点場と視対象との間の物理的な関係性に留意すべきであることを示した。

(5). 農林業及び自然的要因が農林地の景観形成機能に与える影響の解析

前年度の天候変化が景観的な好ましさに与える影響に関する評価に引き続き、コナラ試験林を対象とした24時間インターバル写真を用いて、季節変化が景観的な好ましさに与える影響に関する評価実験を行った。その結果、各季節ごとに風景識別の要因となる樹林、および背景の変化を明らかにした。また、年間を通じた認識の変化についても、識別要素およびその階層的構造が存在することを示した。そして、SD法を用いた因子分析により、動的イメージ、静的イメージ、葉量の粗密感という3つの因子によってこれらの認識群のイメージ特性を説明することができた。

4). 断片化した森林生態系の維持・遷移機構の解明と保全技術の確立

(1). 森林における鳥類群集の構造と動態のメカニズム(→主要成果P32)

ハバチの幼虫が昨年度に続きブナで大発生し、鳥による虫の捕食が虫による葉の食害量を減らす顕著な効果がみられなかった。昨年度の虫による葉の食害が本年度のシュートの成長量に及ぼした効果の解析においては、鳥除去区と対照区との間で、虫の食害量に差がなかったことを反映して、シュートの成長量には差はみられなかった。しかし、樹木個体別にみると、ブナとサワフタギで虫の食害量とシュートの成長量の間に負の関係がみられた。

(2). 動物によるインパクトが森林生態系の構造および動態に及ぼす効果 (→主要成果P26)

シカ・ネズミ・ササの有無を組み合わせた8処理区で昨年度と同様に調査した。シカはササの枝葉部分の採食によってササの稈長、葉長、枝あたりの葉数を減少させたのに対して、ネズミは新生稈の採食によって稈密度を減少させ、その結果どちらもササのバイオマス(乾燥重量)減少に同等の影響を及ぼしていた。樹木実生に対しては、広葉樹に対するシカの影響と針葉樹に対するササの影響が認められた。土壌中の水抽出性イオンについては、アニオン、カチオンとも5月には処理区間で差がなく、 10月にササなし区でNO3-、NH4+, K+濃度の有意な増加が認められた。さらに今年度は、ササなし区において微生物バイオマスCが多いという結果が得られた。

(3). 人為的に孤立化された森林の種子食昆虫群集の更新阻害予測に関する研究

都市域、都市近郊の森林でのアラカシ堅果の生産変動および落下前と落下後の堅果への虫害と森林のサイズおよび林床の処理との関係を調べた。堅果(雌花)生産数と堅果バイオマス(生産量)変動が一致するものとそうでないものがあり、雌花数と堅果バイオマスの関係が多様であることが判明した。また森林のサイズが小さくても、リター層が厚ければ昆虫の多様性は維持され、堅果のほとんどが虫害により死亡することが判明した。非断片林では鳥獣による堅果食害が多く、落下後加害昆虫の種数が逆に少なくなった。リター層が薄くても加害昆虫の出現種数は多かったが加害率は低かった。リター層が非常に薄いところでは落下後の乾燥による変質死が多かった。

(4). 孤立化した林分を持続的に利用するための遷移制御に関する技術の開発

孤立林分の動態を予測するシミュレーションモデルを作成した。京都市の東山国有林のヒノキ・シイ混交林のデータを当てはめて、このモデルを検証した。必要なパラメータは「東山国有林風致計画」(大阪営林局 1936)ほかの資料によったが、一部入手できなかったものについては仮定により当てはめをおこなった。その結果、シイが一時的に増加するもののやがてはヒノキが優占すると予測された。シイの増加は現実の林分によく適合しているように見えるが、その後のヒノキの優占についてはさらに検討を要するものと考えられる。

(5). 断片化した森林生態系の遺伝的構造と更新機構

断片化した森林生態系を構成する樹木の遺伝子交換や更新様式を明らかにするために、本年度は、種特性として本来的に低頻度で存続している樹種としてホオノキとトチノキを選び、マイクロサテライト遺伝マーカーを開発した。ホオノキのマーカーに関しては他の近縁種でも利用が可能であり、絶滅危惧種のシデコブシの保全面でも活用が期待できる。ホオノキ野生集団を対象に約70haの調査プロットをもうけ、繁殖サイズに達した個体と林床に生育する稚樹の親子関係をマイクロサテライトマーカーを用いて明らかにした。同じ繁殖個体に由来する稚樹が空間的にクラスターを形成しないこと、花粉や種子の散布距離が大きいこと、特定の個体が親として強く機能していること、プロット外からのgene flowが大きいこと等がわかった。

(6). 西日本の大型獣類における遺伝的特性の解明

京都府下で捕獲されたツキノワグマの筋肉片からDNAを抽出・精製した後、"GATC"を認識する制限酵素で切断した。それらを大腸菌に取り込ませて、増殖させ、(CA)リピートの合成プローブによりクローニングを行った。陽性コロニーから菌体を取り出し、PCR法によって増幅させたDNAの塩基配列を読み取った。マイクロサテライト部位を特定した後、その前後の18~20塩基を確定してプライマーを作成した。

2. 多様な持続的林業経営と施業技術の体系化

関西地域における林業の活性化や野生生物との共生を目指し、健全かつ公益的機能に優れた森林管理技術の解明に取り組んだ。中課題(1)では、列状間伐が下層間伐に比べ収益性が優れていた。30年間放置されたヒノキ林の林内植物種構成が半自然林と大差なかった。スギ林の雄花生産量が当年葉重から推定できた。中課題(2)では、ナラ菌の病原性を4年生苗木で確認した。今後、本菌の生理的性質、各種樹齢での病原性、樹体内での挙動、水分生理状態等を追跡する。材線虫病罹病マツでの水ストレスとキャビテーションの関係を解明した。激害化には、夏の平均気温の他に変動幅が関係した。スギ・ヒノキ暗色枝枯病菌の系統分類をDNA手法で調べる。ヨゴオナガコマユバチ(スギカミキリ)とサビマダラオオホソカタムシ(マツノマダラカミキリ)の天敵的役割を解明する。中課題(3)では、地域森林資源の持続的利用システムと高性能林業機械の導入実態の課題を完了した。固定試験地での長伐期林の成長量データを収集継続し、木造3階建住宅における木材使用の実態課題は1年延長する。里山及び都市近郊林の所有・管理実態の解明を課題化した。

1).多様な森林地業技術の高度化

(1). 植林地の植物相

京都東山の森林は標高200m以下ではシイ林に遷移し、以上ではヒノキ林に遷移すると考えられてきた。しかし、現在ではシイ林に遷移する範囲が高標高側に拡大しており、標高400mでもシイ林になる可能性が高い。広葉樹半自然林に比べヒノキ人工林にはコバノイシハグマ、ヤワラシダが多く、ソヨゴ、クロバイなどマツ林の植物が少ない傾向があるが、林縁や疎開穴などを中心にシイ林の植物も普遍的に見られるので、ヒノキの植林がシイ林の植物相をただちに変質させる恐れはなさそうである。

(2). 列状間伐林の収穫予測と経営的評価(→主要成果P18)

間伐収穫モデルと素材生産功程の予測モデルを組み合わせて林齢・間伐率・間伐種別に間伐収益を推定し、下層間伐と列状間伐の採算性を比較した。対象は中国地方のスギ・ヒノキ人工林とし、タワーヤーダ・プロセッサによる作業システムを想定した。その結果、列状間伐は下層間伐に比べ、素材収穫量および素材価額が1.5倍以上になる一方で素材生産費は0.8倍以下にとどまり、スギ・ヒノキとも林齢・間伐率に関わらず著しく採算性が向上すると推定された。また、スギ25年生未満、ヒノキ30年生未満では、林道に接した伐区で高性能機械を使用した列状間伐の場合でさえも間伐収益が負となると考えられた。

(3). 樹冠量制御モデルによる花粉生産量の抑制技術の開発(→主要成果P15)

スギ樹冠を強度に疎開すると雄花を着生する個体が増え、着生個体当たりの雄花量が増大すること、日当たりが良くなった陰樹冠には雄花が着生することが調査の結果わかった。樹冠疎開程度と雄花量の関係を定量化し、疎開穴に面する陰樹冠は雄花生産に参加することを仮定して、間伐強度と林分の雄花生産の関係を求めると、間伐は林分雄花生産を最大2倍強増大させ、間伐で雄花生産を減らすには9割以上の木を伐る必要があるという結果が得られた。間伐による雄花生産抑制は間伐の年は有効であるが、2年目以降は逆効果となる可能性がある。

2). 森林の生物書管理技術の高度化

(1). 虫害情報の収集と解析

森林・苗畑・緑地などにおける昆虫による林木被害の発生動向を全国規模で把握・解析するとともに、昆虫被害の発生予察体制を確立し、虫害の管理モデルを開発することを目的とする。虫害発生情報については、支所から送付した全国統一様式の調査票によって近畿中国森林管理局および支所管内各府県から収集した。本年度に受け取った調査票(虫害分)は27通で、前年度とほぼ同数であった。収集された調査票の内容を全国の発生情報とともにデータベース化して、結果を「森林防疫」誌上に随時発表した。本課題は虫害発生の長期動向を把握することが目的であるが、本年度に限らず、庭園、街路樹の虫害被害報告が増えてきたのが最近の傾向といえる。

(2). 獣害発生情報の収集と解析

森林・緑地・林業苗畑などにおける獣害の発生動向を全国規模で把握・解析するために、野生鳥獣害の発生情報を全国統一様式によって収集した。本年度に受け取った調査票(獣害分)は9通であった。内訳はノウサギが8件、その他(ノウサギを含む)が1件であった。被害件数、面積とも前年を下回った。

(3). 病害発生情報の収集と発生動向の解析

平成10年度に収集された病害発生情報は、6県から15件の情報が寄せられた。特に目立った病害発生動向は認められなかった。ナラ枯損被害について、各府県の担当者の話を総合すると、被害程度は昨年と同じ程度であった。特に以前被害が発生した箇所では終息しつつあるが、新たな箇所での被害発生も確認された。

(4). 集団枯損に至るナラ類樹幹組織の生理的変化及び枯死機構

萎凋木およびカシノナガキクイムシの穿入があり萎凋していない個体の変色と横断面観察、通水状況、さらに、カシノナガキクイムシ侵入後萎凋症状は示していない個体のナラ菌の分布および菌が樹木細胞に与える影響を調べた結果、ナラの萎凋は傷害心材(変色部)の形成および範囲拡大により、樹幹下部のある高さで道管の通水機能が全面的に停止したためおこったと推察された。また、爪楊枝に培養したナラ菌を人工接種した結果、枯損木は発生しなかった。樹幹辺材部での変色域の割合は低く、通水阻害の程度は低いまま推移したものと推察された。自然状態と同様の枯死を再現するには、さらに高密度の菌接種とドリル穿孔の方向について検討する必要がある。

(5). ナラ類集団枯損に関連する糸状菌の病原性の検討

ナラ類集団枯損の病原菌の候補となっている糸状菌(ナラ菌と仮称)の、コナラ・ミズナラに対する病原性を苗木に対する接種試験によって検討した。段違いに半周づつ剥皮した部分またはポンチ、ドリルによる穿孔に接種源をつめて経過を観察した。段違い半周剥皮のみによる接種試験では枯死を再現できなかった。環状剥皮、ポンチ、ドリルによる穿孔とを組み合わせて接種したところ、接種した苗の枯死が観察され、枯死苗からはナラ菌が再分離された。これにより、ナラ菌がコナラおよびミズナラに対して病原性を持つことが確認された。なお、コナラ、ミズナラに対する病原性の差は確認されなかった。

(6). 萎凋に至るナラ類の細胞生理学的変化の解析

マツ材線虫病の発病・枯死過程におけるマツの水分生理状態の変化を評価するために、マツの針葉と幹の水プロトンNMR緩和時間(T1)ならびに木部のキャビテーションに対する感受性を調べた。センチュウ接種後、針葉と幹のT1は針葉の変色や含水量の減少に先駆けて減少しており、非常に早い反応であった。この手法は非破壊的診断法として有効なパラメータになりえる。健全マツのキャビテーションに対する感受性は、地上部に比べて根の方が穏やかな水ストレス下でキャビテーションがおきやすかった。マツの夏季の日中の水ポテンシャルの値から判断して、健全なマツの水分通導性の低下はせいぜい10%であり、マツの生存を脅かすようなことはない。

(7). 被害先端地域におけるマツ材線虫病発生にかかわる昆虫要因の検討(→主要成果P30)

松くい虫被害地の中で、被害先端地域とよばれる寒冷地では温暖な激害地域と異なり、病原のマツノザイセンチュウが樹内に入ってもすぐには発病せず、比較的長期間に作用する生物的、非生物的諸要因のありかたによって、枯れに至るかどうかが影響を受けるといわれてきた。本課題では、東北地方を中心に行われた、被害実態、樹体内での病原、媒介者の変動に関する過去の研究結果に基づいて、寒冷、微害地のマツ材線虫病の一般的な動態を解析した。その結果、この地方でも被害は普遍的に起こっているが、散発的であることには、とくに夏期の気温の年による変動が大きいことが影響していることが示唆された。

(8).萎凋に至るナラ類の細胞生理学的変化の解析

数年前に葉が褐変して枯死したと思われた個体が、その後新葉を展開して復活した個体を発見した。この個体の幹の横断面を観察すると、かなりの部分で変色が見られたが、わずかに水分通導部位を確保し、形成層も死んでいない部分を残していた。このことは、カシノナガキクイムシのアタックを受けた時にはナラ個体の水分バランスを崩したが、落葉させることで蒸散による水の損失を抑えて生き延びていたものを考えられた。さらに、ナラ菌の人工接種の結果、水分通導の停止は変色部位を超えて広がっており、材の変色と水分通導停止とは関係なくおこることがわかった。

(9). ナラ類集団枯損に関連する菌類の生理学的性質の解明

ナラ類集団枯損の病原菌の候補となっている糸状菌(ナラ菌と仮称)について、培養温度が菌糸体の成長に与える影響を調べた。ポテトデキストロース液体培地により2週間の静置培養を行い、菌糸体の収量を乾燥重量として求めた。実験に用いたうちの1菌株の成長適温は20~25℃と推定されたが、残りの2菌株については15~30℃の間で菌糸体収量に差がなく、成長適温は推定できなかった。

(10). ナラ類の萎凋・枯死過程における水分生理機能の解明集団

集団枯損の発生している2林分で、ナラの水ポテンシャルと林地土壌の水ポテンシャルを測定した。両林分に生育しているミズナラ、コナラともに特別厳しい水ストレス状態にはなかった。カシノナガキクイムシのアタックを受けた個体のうち、枯死したのはミズナラ1本のみであった。コナラではアタックを受けた個体でも水分状態にはなんら変化のない個体と枯れはしなかったが水分状態がかなり低下して、葉量の減少した個体が認められた。

(11). 樹木の水分通導機能の確立と消失に及ぼす水ストレスの影響解明

健全なマツのキャビテーションに対する感受性は地上部に比べて根のほうが高く、穏やかな水ストレス下でもキャビテーションが発生しやすいことがわかった。マツ材線虫病に罹病したマツのキャビテーションに対する感受性は病気の進展にともなって高まり、わずかな水ストレスに対してもキャビテーションをおこしやすくなっていることがわかった。これは、マツ材線虫病の後半で一気に木部でエンボリズムがおこり、水分通導機能が失われる現象(runaway embolism)の原因である。

3) 持続的林業経営方式の体系化

(1). 地域森林資源の持続的利用システムに関する基礎的研究(→主要成果P19)

人工林資源の成熟化にともない、地域森林資源の高度かつ持続的な利用が求められている。そのためには木材生産から加工・流通・消費に至る木材経済循環をトータルに捉えることが重要である。このため、システムダイナミックス(SD)の手法を用い、地域森林資源利用システムの基礎的モデルの開発を行った。モデルは3m柱材の生産・加工・流通・消費のトータルシステムとし、建築着工数・木材価格を外生変数として、システム全体の動特性が計量的に観察可能である。今後、流域林業のシステム設計・構築において、SDを用いた地域森林資源利用のモデリングは有用な思考実験ツールとなることが示された。

(2). 先発林業地における高性能林業機械の導入実態の解明(→研究資料P43)

先発林業地を抱えた関西地域を対象に、主として社会経済的側面から、高性能林業機械の導入・利用実態を明らかにし、高性能林業機械の定着条件について考察した。導入事業体を対象としたアンケート調査並びに聞き取り調査の結果、高性能機械の導入により、労働生産性の向上、重労働の軽減、生産コストの低下などが図られたとする事業体が多く、全般的に評価は高い。しかし林道の未整備や事業量確保が困難などの問題も指摘された。厳しさを増す今日の木材市場条件下において、高性能林業機械の効率的な活用とその定着を図るには、現行の小規模分散的な森林伐採システムを、伐採の効率・計画化が可能な、「地域経営」に基づく森林伐採システムへ変革することが不可避な段階にあると考えられた。

(3). 関西地域における収穫試験地資料を用いた長伐期林の暫定収穫予測(→研究資料P39,P41)

新重山ヒノキ収穫試験地の定期調査を行った。また、六万山スギ収穫試験地・奥島山アカマツ収穫試験地の定期調査の結果をとりまとめた。奥島山試験地において下種更新したアカマツは、30年生前後からマツ材線虫病の被害を受け、20年生時の本数混交率49.4%から60年生現在5.5%まで減少した。このため、今回調査時点ではヒノキ同齢林に近い林相を示していた。主林木本数は30年生以降ヒノキ収穫表3等の1.2~1.6倍で推移しているため、ヒノキの直径成長は抑制されてきているものの、アカマツの疎開に伴って好転する傾向にあり、60年生現在、残存木平均直径は収穫表の0.9倍まで回復した。

(4). 木造3階建て住宅における木材使用の実態とその部材供給

近年、木造3階建て住宅の欠陥・違法建築問題が顕在化してきた。壁量不足等のケースである。京阪神地区に多く見られる狭小木造3階建て住宅の一部で、将来そうした欠陥が露呈し、木造住宅イメージの悪化→木材離れが生じることが危惧される。こうした木造3階建て住宅の構造・性能問題に対応して、近年、構造計算可能な部材であるエンジニアリングウッドを用いて、立体解析による構造計算を行い、狭小間口でも大開口部を設けることができる新工法(SE工法)が木材関連企業により開発された。エンジニアリングウッドを軸とした新たな木造3階建て住宅用の部材供給システムが作られ、供給が拡大していることがわかった。

3. 地域森林資源管理手法と森林資源の総合的利用手法の確立

ランドスケープエコロジーに基づく森林保全計画手法の確立のため、近畿の広葉樹林を対象に、過去から今日に至る地区レベルでのランドスケープの変容を明らかにした。さらに、その自然的・社会的要因の解明を進め、管理類型別の特性を明らかにした。また、長期の気候変動が地域の人工林の炭素固定能力に及ぼす影響を予測するため、評価モデルを構築する必要があるので、そのための地域別人工林のデータベースの作成を行い、地域ごとのスギの資源量、成長量及び地域別立地環境特性との関係を明らかにし、地域ごとの二酸化炭素固定能評価を試行した。

1). 森林諸機能の総合化手法の開発

(1). ランドスケープエコロジーに基づく森林の保護管理手法の開発

土地利用とそれにともなう管理手法から、対象地区の里山ブナ林を、天然生里山ブナ林、選択的管理里山ブナ林、長伐期管理里山ブナ林に類型区分し、合計8箇所の調査区を設定した。そして植物の種組成、種の多様性、林分構造を把握するために植生調査を行い、立地条件として標高、斜面の向きと傾斜を算出した。さらに里山ブナ林の管理類型、地形、経歴、植生調査結果に基づく生態的な特性を把握した。その結果、天然生里山ブナ林では木本種の多様性が低い傾向があったが、伐採周期の短い管理手法ほどブナ天然林に特有の種数が減少し、稀に出現する種がみられなくなるなど、管理手法と植物の種組成、多様性、林分構造との間には明確な対応関係があることが明らかになった。

2).地域森林資源の総合的利用のための管理計画手法の開発

(1). 人工林における森林セクターの炭素固定機能評価モデルの開発

国有林及び民有林の千カ所以上の調査地におけるデータをもとに、生産力を地域別に評価する手法を開発した。非継続的な調査地では成長量を時系列的に予測したうえで、特定の林齢における成長量を比較する手法を検討した。また、データベースに含める立木密度の上限と下限を設定する方法について検討した。10年生から70年生まで10年ごとに道府県の間で材積成長量を比較した結果、ha当たり材積は35年生あたりから北陸以北で山陰以西より大きく、以降は林齢が高くなるにつれ、差が広がる傾向が見られた。このことは35年生あたりまでは二酸化炭素固定能力に地域差がなく、それ以降は北陸以北の方が大きくなることを示唆している。