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プレスリリース

2021年10月29日

国立大学法人筑波大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
国立研究開発法人国際農林水産業研究センター
国立大学法人愛媛大学

東南アジア熱帯林の形成過程を解明
~フタバガキ科樹種の遺伝的解析で、今後の保全にも貢献~

東南アジア熱帯林は生物多様性に富み、種の宝庫だと言われます。多くの生物種が共存し、多様な生態系を形成しているからです。その中でもフタバガキ科樹種は、生態的、林業的に最も重要な樹種です。しかし、フタバガキ科樹種の過度の伐採やプランテーションの開発などにより、この貴重な熱帯林は衰退の一途をたどっています。こうした中、この熱帯林の保全と持続的利用を図るには、その形成過程を理解した上で、保全や利用に関する指針を作る必要があります。
このため本研究では、フタバガキ科樹種で、東南アジア広域に分布するラワン材として知られるShorea parvifolia を研究対象として、DNA解析を実施しました。研究材料を採取したのは広範な分布域(マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島)の合計18集団で、その葉緑体DNAと核DNAを解析しました。その結果、ボルネオ島の集団はマレー半島、スマトラ島の集団とは遺伝的に大きく異なっていました。また、葉緑体DNAの遺伝的多様性はマレー半島が高く、核DNAの遺伝的多様性はボルネオ島が高い結果でした。これまでの知見と本研究により、Shorea parvifolia はマレー半島、スマトラ島、ボルネオ島が陸続きになった氷期にマレー半島からスマトラ島とボルネオ島に進出し、ボルネオ島ではその後に急速に分布拡大したことが明らかになりました。
以上を踏まえると、マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島をそれぞれ保全地域とし、これらの地域間での植栽材料の移動は避け、保全地域内で活用していくことが求められます。
本研究結果は、本研究チームが過去に発表した広域分布フタバガキ科樹種Shorea leprosula のDNA解析とほぼ同様の結果となり、東南アジアの広域分布種についてはマレー半島、スマトラ島、ボルネオ島などの地理的区分での保全が必要であることが分かりました。

研究の背景

東南アジア熱帯林は種多様性の宝庫だと言われ、多くの生物種が共存し多様な生態系を形成しています。その中でもフタバガキ科樹種注1は、東南アジア熱帯林では生態的、林業的に最も重要な樹種です。しかし、この貴重な熱帯林は過度の開発により毎年約1%程度の森林面積が消失し、衰退の一途をたどっています。
これらの森林形成には過去の世界的な気候変動が強く影響しています。氷期には、海水面の低下により、東南アジアのマレー半島、スマトラ島、ジャワ島、ボルネオ島は陸続きとなって「スンダランド」と呼ばれる大陸を形成し、動植物が移動できるようになりました。このように氷期と間氷期(温暖期)が繰り返されることにより、樹木は生育に適した環境を求めてその分布を拡大させたり、縮小させたりして現在の森林を形成してきました。
近年では、現在生育している樹木のDNAを調べ、比較することで、過去の樹木の分布変遷を明らかにできるようになりました。衰退する東南アジア熱帯林の保全と持続的利用のためには、その形成過程を理解し、今後どのように保全・利用を行っていくかの指針が必要です。
そこで、本研究では、東南アジア熱帯林で最も重要な樹種であるShorea parvifolia を研究対象として、これらの森林がどのようにして形成されたかについての調査を、日本、ドイツ、インドネシア、マレーシアの4カ国10機関の共同研究として実施しました。

研究内容と成果

本研究では、フタバガキ科樹種の一種であり、東南アジア広域に分布するShorea parvifolia を研究対象として、分布域広範(マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島)の合計18集団から研究材料を採取しました。採取した研究材料からDNAを抽出し、葉緑体DNA注2及び核DNAの解析を行いました。
その結果、ボルネオ島の集団はマレー半島、スマトラ島の集団とは遺伝的に大きく異なっていました(図1)。また葉緑体DNAの遺伝的多様性はマレー半島が高く(図2)、核DNAの遺伝的多様性はボルネオ島が高い結果でした。
これまでの地誌学的な知見と本研究の結果から、Shorea parvifoliaはマレー半島、スマトラ島、ボルネオ島が陸続きになった氷期にマレー半島からスマトラ島とボルネオ島に進出し、ボルネオ島ではその後急速に分布を拡大したことが明らかになりました。これらのことから保全地域は、マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島であり、これらの地域間での植栽材料の移動は避け、保全地域内で活用していくことが求められます。本研究チームが過去に発表した広域分布のフタバガキ科樹種のShorea leprosula は、古い時代(9万~28万年前)にボルネオ島へ分布拡大を行って、ボルネオ島とその他の地域での遺伝的違いは明瞭な結果でした。本研究結果は、地理的での遺伝的違いという意味では同様の結果となり、東南アジアの広域分布種についてはマレー半島、スマトラ島、ボルネオ島などの地理的区分での保全が必要であることが分かりました。

図1.分布域広範 (マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島)の合計18集団から採取した研究材料からDNAを抽出し解析を行った結果
図1 東南アジア熱帯林のフタバガキ科樹種のShorea parvifolia の核DNAでの遺伝的な違い。
保有している遺伝子型を濃淡の違いで示してあります。円の大きさは分析個体数を表します。ボルネオ島とその他の地域(マレー半島とスマトラ島)に大きな遺伝的な違いがあります。

図2.葉緑体DNAの遺伝的多様性はマレー半島が高いことを示す図
図2 東南アジア熱帯林のフタバガキ科樹種のShorea parvifolia の葉緑体DNAでの遺伝的な違い。
各集団で検出された主要タイプ(A,B,C)とその派生タイプが数字で示されています(例:A1、B2など)。葉緑体DNAではマレー半島では主要タイプ全てが検出され、多様性が高い結果を示しています。

今後の展開

東南アジア熱帯林は過度の開発で衰退しています。またフタバガキ科樹種はこれらの熱帯林を構成する生態的にも林業的にも重要な樹種です。本研究で明らかになったこれらの保全単位は数十万年以上の年月を経て形成されてきていますので、進化的にも重要な単位となります。そのため、この研究成果をマレーシアおよびインドネシアの共同研究機関を通じてそれぞれの政府と共有して、今後の森林保全と持続的利用につなげていくことが重要です。

用語解説

注1)フタバガキ科 ラワン材として輸入される樹種のグループで、東南アジア熱帯林では樹冠を構成する個体の半数以上を占めており、林業的にも生態生体的にも非常に重要な樹種群である。(元に戻る

注2)葉緑体DNA 葉緑体内に存在する環状DNAで、光合成関連の遺伝子などがコードされおり、一般的には母性遺伝する。(元に戻る

研究資金

本研究は科研費(科研費番号:24405034, 18255010)及び環境省地球環境研究推進費(No.E-091)の支援で実施されました。

掲載論文

題名:Genetic structure of an important widely distributed tropical forest tree, Shorea parvifolia, in Southeast Asia(東南アジア熱帯林の重要な広域分布種であるShorea parvifolia の遺伝構造)

著者名:Masato Ohtani1), Naoki Tani2), Saneyoshi Ueno1), Kentaro Uchiyama1), Toshiaki Kondo2), Soon Leong Lee3), Kevin Kit Siong Ng3), Norwati Muhammad3), Reiner Finkeldey4.5), Oliver Gailing5), Mohamad Na'iem6), Sapto Indrioko6), Widiyatno6), Iskandar Z. Siregar7), Koichi Kamiya8), Ko Harada8), Bibian Diway9), Yoshihiko Tsumura10)

1)Department of Forest Molecular Genetics and Biotechnology, Forestry and Forest Products Research Institute(森林総合研究所樹木分子遺伝研究領域)
2)Forestry Division, Japan International Research Center for Agricultural Sciences(国際農林水産業研究センター林業領域)
3)Genetics Laboratory, Forest Research Institute Malaysia
4)University of Kassel
5)Forest Genetics and Forest Tree Breeding, Georg-August University of Gottingen,
6)Faculty of Forestry, Gadjah Mada University
7)Department of Silviculture, Faculty of Forestry and Environment, IPB University (Bogor Agricultural University)
8)Faculty of Agriculture, Ehime University(愛媛大学農学部)
9)Forest Department Sarawak, Forest Research Centre
10)Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba(筑波大学生命環境系/山岳科学センター)

掲載誌:Tree Genetics & Genomes

掲載日:2021年10月25日

DOI:10.1007/s11295-021-01525-8

 

お問い合わせ

研究担当者:
筑波大学生命環境系山岳科学センター 津村 義彦 教授
森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域 上野 真義
国際農林水産業研究センター林業領域 谷 尚樹 主任研究員
愛媛大学農学部生物環境学科 上谷 浩一 准教授

広報担当者:
筑波大学広報室
Tel:029-853-2040
E-mail:kohositu@un.tsukuba.ac.jp

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
Fax: 029-873-0844
E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp


 

 

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所属課室:企画部広報普及科

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