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プレスリリース

2025年7月16日

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

熱帯林の微生物は土壌のリン不足に「質より量」で勝負
リン獲得のための酵素は低品質でも有利?

ポイント

  • リンが不足している熱帯林において、微生物はリンを獲得するための酵素の「質より量」を高める戦略を採用していることがわかりました
  • リン獲得の微生物戦略解明により、土壌生態系機能の理解が一歩前進しました
  • 新理論「酵素劣化仮説」を新たに提唱し、低品質でも大量の酵素を生産する方が有利なメカニズムを説明しました

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、中国科学院華南植物園の研究グループは、熱帯林の土壌に生息する微生物は、リン不足という過酷な環境に適応するため、「質より量」の戦略を採用していることを明らかにしました。
リンは、すべての生命活動に欠かせない栄養素ですが、熱帯の多くの森林土壌では不足しており、植物や微生物の成長を制限する要因とされています。これまでの研究により、土壌微生物がリン不足に応じてリンを獲得する酵素(フォスファターゼ)*1の生産量を増加させることは広く知られていましたが、酵素の“質”、すなわち分解効率の向上を伴うかどうかについては十分に解明されていませんでした。今回、研究チームは長期リン施肥実験のデータを統合的に分析し、微生物がリン不足に対処する際に、高品質な酵素を生産しているという従来の見解に反し、実際には分解効率の高い酵素の生産は行っていないことを明らかにしました。この現象を説明するため、研究チームは新たに「酵素劣化仮説(enzyme degradation hypothesis)」を提唱しました。これは、高品質な酵素を少量生産する戦略では、酵素等のタンパク質を分解する酵素であるプロテアーゼによる分解の影響を受けやすく、結果的に酵素の有効性が低下するため、微生物は低品質でも大量の酵素を生産する方が有利であるとするものです。
この発見は、土壌微生物の栄養獲得戦略や、熱帯林におけるリン循環メカニズムの理解を一層深める成果であり、今後は微生物機能を活用した持続可能な森林管理や、効率的なリン資源利用への応用が期待されます。本研究成果は、2025年4月24日にSpringer Natureの学術誌『Ecosystems』にオンライン公開されました。

背景

リンは、すべての生命活動に欠かせない栄養素ですが、熱帯の多くの森林土壌では不足しており、植物や微生物の成長を制限する要因とされています。これまでの研究で、土壌微生物はリンを獲得するために、リンを獲得する酵素(フォスファターゼ)の生産量を増やすことが知られていましたが、その酵素の“質”については十分に検証されていませんでした。本研究では、「微生物はリン不足の土壌環境に適応するために、単に酵素の量を増やすだけでなく、質の高い酵素(基質親和性*2が高い)を生産しているのではないか」という従来の考えに対し、初めて実証的な検証を行いました。

内容

本研究では、熱帯林の土壌を対象に6~10年間にわたる長期リン施肥実験を実施し、リンが十分に供給された土壌と、リンが不足している自然の土壌に含まれる酵素を比較・分析しました。その結果、「微生物は質の高い酵素を作ってリン不足に適応している」という従来の考えに反し、微生物は分解効率の良い高品質な酵素を少量生産するのではなく、低品質な酵素を大量に生産する戦略を採用していることが明らかになりました。この現象を説明するため、研究チームは新たに「酵素劣化仮説(enzyme degradation hypothesis)」を提唱しました。これは、高品質な酵素を少量生産する戦略では、酵素等のタンパク質を分解する酵素であるプロテアーゼによる分解の影響を受けやすく、結果的に酵素の有効性が低下するため、微生物は低品質でも大量の酵素を生産する方が有利であるとするものです(図1)。

熱帯林の土壌を対象に6~10年間にわたる長期リン施肥実験を実施し、土壌に含まれる酵素を比較・分析した図
図1. 「酵素劣化仮説」の概要。本仮説は、熱帯土壌における微生物が「低品質戦略」を選好する要因を、プロテアーゼによる酵素の分解過程に基づいて説明するものである。微生物が産生するリン酸分解酵素(フォスファターゼ)は、土壌中に存在する別の分解酵素であるプロテアーゼによって分解されることが知られている。また、プロテアーゼによる分解のされやすさは、標的となるフォスファターゼの濃度に依存し、濃度が高いほど分解される酵素の割合が低下する。これらの事実から、高効率な酵素を少量産生する「高品質戦略」よりも、効率は低くても大量に酵素を生産する「低品質戦略」の方が、プロテアーゼによる分解の影響を受けにくいと考えられる。

今後の展開

今後は、他の熱帯地域や異なる気候・土壌条件において本仮説の検証を進めることで、微生物の適応戦略の一般性を明らかにする必要があります。本研究の成果は、土壌微生物によるリン獲得のメカニズムや、熱帯林におけるリン循環の理解を前進させるものです。これにより、リンをはじめとする土壌中の栄養循環の全体像がより明確になるとともに、微生物の機能を活用した持続可能な森林管理や、限られたリン資源の効率的な利用への応用にも貢献することが期待されます。

論文

論文名:Decoding a Soil Microbial Strategy: Prioritizing Quantity Over Quality of Phosphatases

著者名:Taiki Mori, Senhao Wang, Wei Zhang, Jiangming Mo

掲載誌:Ecosystems

DOI:10.1007/s10021-025-00970-z

研究費:National Natural Science Foundation of China(No. 42173077, 42077311, 41650110484)、日本学術振興会(JSPS)海外特別研究員制度(28-601)、住友財団(研究助成153082)、および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(22K05734)の支援を受けて実施されました。

共同研究機関

中国科学院華南植物園

用語解説

*1 リン酸分解酵素(フォスファターゼ):落ち葉や微生物の死骸などの形態のリン(有機態)を利用可能な形態(無機態リン)に分解する酵素で、微生物や植物が利用可能なリンを供給する役割を担います。(元に戻る

*2 基質親和性(Kₘ:酵素が「どれだけ効率よく」基質(分解される物質)と結びつくかを示す値です。Kₘの値が小さいほど、少ない量の基質でも酵素がよく働く、すなわち「高い親和性」があることを意味します。(元に戻る

 

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 九州支所 生態系研究グループ 主任研究員 森 大喜

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.go.jp

 

 

 

 

 

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