研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2025年 > 石礫層を貫くクロマツの根系と微生物の協働 ~海岸林がもつ防災力を高めるための科学~
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2025年11月26日
名古屋大学
三重大学
福知山公立大学
兵庫県立大学
京都大学
国立研究開発法人 森林研究・整備機構森林総合研究所
ポイント
名古屋大学大学院生命農学研究科の谷川 東子 准教授と環境学研究科の平野 恭弘教授らの研究グループは、信州大学の安江 恒 准教授、三重大学の松田 陽介 教授、福知山公立大学、京都大学、兵庫県立大学、兵庫県森林林業技術センター、森林総合研究所との共同研究により、海岸クロマツ直根の成長速度とそれに関与する要因を明らかにしました。
東日本大震災の津波は、海岸林を破壊し沿岸に暮らす人々に甚大な被害をもたらしました。今後の震災に備え、強くしなやかな海岸林を再生・造成することが求められています。日本の海岸林には、「白砂青松」に象徴されるようにクロマツが広く植えられています。本研究では、クロマツの中には石や礫が密に詰まった深層(石礫層)において直根の伸長が緩やかになる個体と、なおも成長を続ける個体があることを根の年輪解析によって明らかにしました。その石礫層は、一見すると生命が息づく余地のない世界のように見えます。しかしその中で、クロマツの根は自らの皮や細胞を落とし、それを糧とする微生物と共に小さな循環の輪を築いている可能性も示されました。
本研究は、養分に乏しい海岸環境において樹木が深い根を伸ばして定着するメカニズムとして、深根・土壌・菌類の相互作用の重要性を示すとともに、根の成長が旺盛な個体の選抜や石礫層の存在深度を考慮した植栽設計の必要性を明らかにし、海岸林の早期再生に向けた基盤情報を提供します。本研究成果は、2025年8月28日付Springer Nature雑誌 『Plant and Soil』 に掲載されました。
地球規模でみると、海岸線の総延長は150万kmを超え、世界人口のおよそ半分が海岸の恩恵を受けているといわれています。日本人にもなじみの深い海岸林は、台風・高潮・塩害・津波などの脅威から沿岸地域を守る緩衝地帯として機能し、古くから人の手で維持されてきました。
しかし東日本大震災に伴う巨大津波は、広大な海岸林を破壊しました。次の震災や巨大台風に備え、その適正な再生手法を考案することが求められています。その再生には、土壌養分が乏しく塩分濃度は高く、過乾燥・強風にさらされ、ときどき浸水といった厳しい環境下にある海岸林という生態系の特性を理解したうえで取り組むことが重要です。
日本の海岸林は、「白砂青松」に象徴されるようにクロマツが広く植えられています。海岸域では、一見すると砂地のように見えても、その下には石礫層がよく見られます。クロマツは幹の真下からまっすぐに主根を伸ばす木で、成長とともにその根は2メートルを超える深さまで達するのが普通です。こうした石礫層で根はぐんぐん元気に成長できるのか、また土がほとんど存在しない中、「深根」と「深根に棲む微生物」がどのように助け合っているのかは、これまで十分に解明されていませんでした。
そこで今回、名古屋大学を中心としたグループが持つ「成木の根を形状のまま掘り上げる技術」と、信州大学の「年輪解析技術」を組み合わせ、世界でも珍しい根の年輪解析を実施しました。さらに、三重大学を中心に、1m以深の深根(Deep roots)注2)における微生物の存在量と機能解析が進められました。
その結果、調べた3本のクロマツ(その根系は図1、2左に示しました)のうち2本では主根の伸長が石礫層(図2右のG1、G2層)で鈍化し、1本は旺盛な伸長速度を維持していることが分かりました(図3右)。
また、地表における細根に共生する菌根菌注3)の感染率は90%以上に達しますが、今回の解析では、深層(Deep Soil)におけるその感染率は約10%にとどまりました(図4左)。一方、細根内部に潜んで生活する内生菌の感染率は、菌根菌のそれを上回りました。地下水が周期的に上がってくるため、微生物にとっては生きにくい厳しい環境の中で、根は内生菌にとって“地下のシェルター”のような存在となり、外の環境から彼らを守っているのかもしれません。検出された内生菌注4)はいずれも、落葉や落ち根などを分解できる腐生性の性質をもつグループでした。また、石礫層の中にわずかに含まれる土壌は、表層よりも炭素・窒素濃度が高く、その新鮮度を示す炭素・窒素比は根の伸長速度と有意な正の相関を示しました(図4右)。元気な根ほど皮などを多く落とし、それが石礫層に有機物を供給していると考えられました。
これらの結果から、次の2点が示されました:
①クロマツは海岸に適した樹種と考えられていますが、石礫層はそのクロマツにとっても必ずしも好ましい生育環境ではない。ただし、そのような条件下でも根の伸びを保ち、厳しい環境に負けずに成長する個体が存在する。
②深根はねじれながら石礫の隙間を進み、その過程で剥がれた根皮や先端細胞は石礫層の重要な有機物として、根に共生する微生物がそれを分解・循環させて再び根の養分として取り込むしくみが構築されている可能性がある。

図1 愛知県田原市の海岸林で掘り上げられたクロマツの根系
1mを超える深根(Deep Root)は、石礫の中を深く進むにつれて枝分かれし、ねじれながら広がっていました。クロマツの根は、石礫層を進む中で太さを保てないと枝分かれし、石の隙間を探して方向を変えることで、ねじれながらもその中に広がっていったものと考えられます。
矢印は、水平方向に伸びた後、急に下方へ向きを変えて成長を始める「シンカー」と呼ばれる根を示しています。風による幹の揺れが刺激となり、倒れまいとする樹木の反応として形成された可能性があります。
深さを示す横線は、写真のゆがみにより多少の誤差を含みますが、目安としてご覧ください。

図2 深根の表面(左)および調査地の地下の様子(右)
(左),根の表面にある無数の穴は、小石が噛み込んでいたことを示します。根は石の隙間を細いまま通り抜け、その後に肥大したと考えられます。(右),30cmほど堆積した砂の下は、石礫で満ちていました。S:砂層; SG:砂と石礫の混合層; G1:石礫層1; G2:石礫層2

図3 クロマツ直根の伸長ダイナミクス(a, c, e)と伸長速度(b, d, f)
横線は土壌の層境界を示しています。個体L1とL2では石礫層で主根の伸長が緩やかになりましたが、個体L3では減速せずに成長を続けていました。

図4 深層における根の菌感染率(左)およびクロマツ直根の伸長速度と土壌の炭素・窒素比
(左),菌根菌感染率は非常に低く、それよりまだ多くいたのは内生菌でした。これらの菌は、腐生性の性質をもっているグループに属していました。(右),石礫層にごくわずかに含まれる土壌をかき集め炭素・窒素比を計測したところ、その比は直根の伸長速度と比例関係にありました。
本研究は、クロマツが厳しい海岸環境の中でどのように深く根を張り、深層でどのような機能をもつ微生物と共に生き延びているかを明らかにしたものです。生命の気配が乏しい石礫層において、根は自ら有機物を落として微生物を養い、養分を循環させることで自らを育む生態系を形成しているのかもしれません。
これらの成果は、今後の海岸林再生に向けて、根の成長が旺盛な個体を選抜して育種・植栽することや、石礫層の深さや分布を考慮した植栽設計の重要性を示しています。
本研究の成果は、津波や強風に抵抗する力が強い海岸林づくりに向けた新たな科学的指針となることが期待されます。
本研究は、公営財団法人豊秋奨学会研究費助成「海岸クロマツ林の根系が硬い土壌層を突き抜けるためにかかる時間の推定(2800019022)」、文部科学省研究費補助金「根系構造と根返り耐性特性に基づく海岸林の防災効果向上のための管理手法の提案(21H01600)」、「『音』を使った森林耐風性評価手法の開発と立木振動プロセスの解明(24K01810)」、「森林斜面地に生育する樹木根系構造の非破壊評価手法の確立(24K01811)」の助成を受けて実施しました。
注1)石礫層(せきれきそう):
砂よりも粗い粒径の礫(れき)が多量に集積した地層のことを指す。(元に戻る)
注2)Deep Root/Deep Soil(ディープルート/ディープソイル):
深さ1m以上に分布する土壌や植物の根を指します。そこに生存する微生物もあわせたDeep Soil Ecosystem(ディープソイルエコシステム)に関する科学的知見は、地表付近のそれに比べて極めて限られている。(元に戻る)
注3)菌根菌(きんこんきん):
植物の根と共生し、水分や栄養分の吸収を助ける菌類。森林生態系の維持に欠かせない存在である。(元に戻る)
注4)内生菌(ないせいきん):
植物の根や茎などあらゆる器官の内部に入り込んで生活する菌類のうち、菌根菌以外のものを指す。役割は不明なものが圧倒的に多いものの、一部の内生菌は植物の健康維持や環境ストレスへの耐性に関与することが知られている。(元に戻る)
雑誌名:Plant and Soil
論文タイトル:Downward growth dynamics of Pinus thunbergii taproots and their relation to site environment in a coastal forest (海岸林におけるクロマツ主根の下方成長動態と立地環境との関わり)
著者:Toko Tanikawa1, Koh Yasue2, Yosuke Matsuda3, Hidetoshi Ikeno4, Chikage Todo5, Keitaro Yamase5, Mizue Ohashi6, Masako Dannoura7, Toru Okamoto8, Yasuhiro Hirano9
(谷川東子1、安江恒2、松田陽介3、池野英利4、藤堂千景5、山瀬敬太郎5、大橋瑞江6、檀浦正子7、岡本透8、平野恭弘9)
1名古屋大学大学院生命農学研究科、2信州大学農学部、3三重大学大学院生物資源学研究科、4福知山公立大学情報学部、5兵庫県立農林水産技術総合センター、6兵庫県立大学環境人間学部、7京都大学大学院農学研究科、8森林総合研究所、9名古屋大学大学院環境学研究科
DOI:10.1007/s11104-025-07805-9
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