研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2025年 > 痩せた土壌で小さな虫たちを支える根の“じゅうたん” -極端に酸性な土壌における針葉樹(ヒノキ)と虫のかかわり-
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2025年12月10日
名古屋大学
東京農工大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
ポイント
名古屋大学大学院生命農学研究科の林 亮太 博士後期課程学生(研究当時、現・環境学研究科助教)および谷川 東子 准教授、同大学院環境学研究科の平野 恭弘 教授および杁山 哲矢 氏 (研究当時:博士前期課程学生)、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の藤井 佐織 主任研究員、東京農工大学農学部附属広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センターの吉田 智弘 准教授の研究グループは、極端に酸性でやせた土壌では、樹木が生み出す大量の細根が、そこに棲む土壌動物を支える役割を果たしていることを新たに発見しました。
酸性で痩せた土壌が広がる熱帯雨林の樹木は、細い根が密集したマット(ルートマット)をしばしば発達させ、養分をスムーズに獲得することが明らかにされています。しかし、温帯の針葉樹でも酸性土壌であれば熱帯雨林の樹木と同じような力を発揮できるのか、また、そうした樹木の環境応答が土壌に棲む動物にまで影響を与えるのかは不明でした。
そこで本研究では、ルートマットの形成が報告されているヒノキ注1)の人工林を例に、ルートマットの発達と土壌酸性の強さの関係およびルートマットの発達と土壌動物(とくにトビムシやダニのような微小な節足動物注2)の関係を調査しました。その結果、極端に酸性な土壌では、ヒノキの厚いルートマットが存在するだけでなく、その厚さの違いが一部の動物を増やして、メンバー構成の違いを生み出していることを示しました。
土壌環境と樹木の応答の関係性、そして、それに対する土壌動物の応答という土壌生態系で起こる一連の流れを示した本研究の成果は、生産力が乏しいとされる酸性土壌における人工林の維持・管理の指針づくりに資するものと考えられます。本研究成果は、2025年12月7日付Springer Nature雑誌『Plant and Soil』に掲載されました。

(1) 研究の背景
土壌が酸性化すると、カルシウムなどの養分が流れ、生物に悪影響を及ぼすアルミニウムイオンが増えるため、土壌が徐々に痩せていきます。こうした「土壌酸性化」は陸域生態系の豊かさを脅かす主要な土壌劣化の一つとして、世界各地で克服すべき環境問題とされています。
酸性土壌が広く分布しながらも、多種多様な樹木(主に広葉樹)のもとでたくさんの生物を育んでいる熱帯雨林では、樹木がたくさんの細い根を張り巡らせて「ルートマット」と呼ばれる層を形成することがあり、酸性土壌における樹木の養分獲得をサポートしていることが示唆されてきました。しかし、温帯地域で、しかも、広葉樹とは性質の異なる針葉樹であっても同様の応答が起こるのかは明らかにされていませんでした。
一方、土壌動物(とくにトビムシやダニなど小さい節足動物)は、微生物との相互作用を通じて落ち葉などの分解や森林の養分循環を支える重要な生物群です。酸性土壌に対して動物は種類ごとに異なる反応を示すため、そこでどのように群集が形成されるのかは十分に分かっていませんでした。その原因の1つとして、これまでの研究では、樹木がつくるルートマットのような酸性土壌特有の環境が十分に考慮されてこなかったことが挙げられます。そのため、ルートマットは、酸性土壌で動物群集が形成される仕組みを解き明かす手がかりになる可能性があります。しかし、熱帯雨林を含めても、ルートマットが土壌中の小さい節足動物に与える影響は不明なままでした。
そこで本研究では、極端に酸性な土壌をもち、かつ、ルートマットの存在が知られている「あいち海上の森」のヒノキ人工林(図1)を対象として、土壌酸性度とルートマットの発達、そしてルートマットに棲む小さい節足動物の関係を明らかにすることを目的としました。
(2) 研究の内容
あいち海上の森のヒノキ人工林は表層地質によって、砂礫(されき)層地域と花崗(かこう)岩類地域に大別されます。本研究では、各地域において、落葉層、ルートマット、表層土壌(A層)の厚さを測定し、そこに含まれる小さい節足動物の種類と個体数を調べました。また、土壌酸性度の指標である土壌pH(水抽出)も同時に測定しました。その結果、砂礫層地域ではルートマットが厚く発達していることが明らかになりました(図2)。そして、ルートマットが厚い環境では酸性が強いことも分かりました。一般的な森林では、落ち葉やその分解産物からなる層の下にある土壌に、落ち葉に含まれていた養分が蓄積し、樹木は根を介して土壌から養分を吸収します。しかし、ルートマットが発達する熱帯雨林では、ルートマットが落ち葉をキャッチし、ルートマットの中で根が落ち葉やその分解産物に侵入することで、樹木がルートマット下の土壌を介さずに直接養分を獲得することが示唆されています。本調査地でもルートマットが落ち葉を保持していたので、熱帯雨林と同様に、ヒノキが酸性土壌に特化した養分獲得戦略をとっている可能性があります。なお、生きた根は養分獲得のために有機酸を放出するため、ルートマットの発達それ自体も土壌を更に酸性にしていたのかもしれません。

図1. あいち海上の森・ヒノキ人工林
あいち海上の森は、今年度で20周年となる「2005年日本国際博覧会(愛・地球博)」とゆかりのある森である。人と自然が共生する持続可能な社会の実現を目指した森林や里山の保全整備や人材の育成が継続的に実施されている。

図2.落葉層、ルートマット、表層土壌(A層)の厚さ
あいち海上の森・ヒノキ人工林は、その表層地質によって砂礫層地域と花崗岩類地域に大別される。砂礫層地域では花崗岩類地域よりもルートマットが厚く発達し、酸性も強い土壌だった。 **はp < 0.01で有意、n.s.は有意差なし(U検定)
また、総計22,397匹の土壌動物を分類した結果、ルートマットが厚い場所では地表付近に多く出現する表層性のトビムシの個体数が多く、特徴的に棲息していることが明らかになりました(図3)。表層性のトビムシは、新鮮な落ち葉に棲息する微生物や藻類などを主な炭素源として利用していると考えられています。また、ルートマットが厚い場所では、捕食性の種を多く含むトゲダニやカニムシも多く確認されました。落ち葉などの分解や土壌の養分循環は生物間の捕食-被食(食う-食われる)関係を通じて進むため、表層性のトビムシやその捕食者と考えられる動物がルートマットに多く棲息することで樹木による養分獲得を間接的にサポートしているのかもしれません。今後はこの観点を検証する必要があります。

図3.非計量多次元尺度法(NMDS)によるトビムシ群集の座標付け
黒色(砂礫層地域)または白色(花崗岩類地域)の丸(落葉層を含むルートマット)と三角形(A層)は各採取地点におけるトビムシのメンバー構成で、互いに異なるほど遠くに配置されるように横軸(NMDS1)と縦軸(NMDS2)の二次元で表示している(Chaoの非類似度を使用)。地質(p < 0.01)および層(p < 0.05)が違うと、トビムシのメンバー構成は有意に異なった(順列多変量分散分析)。ひし形はそれぞれトビムシの種類を表し、採取地点との位置関係から、どこでどの種類のトビムシが特徴的だったかがわかる。名前と写真がついている種類は本調査地で最も多く観察された上位10種(全40種のトビムシの中で個体数の85.1%を占める)である。矢印はトビムシのメンバー構成の違いを生み出したと考えられる環境要因を表し、ここでは特に強く影響したp < 0.01(図中の**)およびp < 0.001(図中の***)の要因のみ表示している。ルートマットが厚い場所(赤い矢印)では、表層性のトビムシ(赤いひし形)が特徴的である。
本研究は、極端に酸性な土壌という厳しい環境下において、樹木の根の極端な応答であるルートマットの発達が土壌動物群集の形成に関与することを世界で初めて明らかにしました。土壌環境の変化 → 樹木の応答 → 土壌動物の応答 という地下で起こるプロセスを統合的に捉えることで、土壌動物の群集形成メカニズムの理解をいっそう進めることができると考えられます。こうした知見は、気候変動や森林管理が土壌に与える影響を正確に評価する際に、酸性土壌に特徴的なプロセスを考慮する必要があることも示しています。そのため、本研究の成果は酸性土壌における森林の持続的な維持・管理の指針づくりに寄与する重要な知見を提供します。
調査地である「あいち海上の森」の学術利用を許可してくださいました愛知県およびあいち海上の森センターのみなさまに深く御礼申し上げます。本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業・挑戦的研究(萌芽)『土壌動物の腸内微生物叢から森林の物質循環を読み解く(21K19142)』および基盤研究(B)『カルシウムと窒素の溶脱を抑制する森林生態系機能の解明(25K02058)』、科学技術振興機構次世代研究者挑戦的研究プログラム『東海国立大学機構メイク・ニュー・スタンダード次世代研究事業(JPMJSP2125)』、あいち海上の森フォーラム『海上の森研究課題2021』および『海上の森研究課題2022』の助成を受けて実施しました。
注1)ヒノキ:
日本の人工林樹種として、スギに次いで多く植えられている常緑の針葉樹。愛知県ではスギよりも多く植えられている。スギに比べて、痩せた土地でも生育できることが知られている。
注2)節足動物(せっそくどうぶつ):
昆虫やクモ、ムカデ、カニなど、人間とは逆に外側に体形を維持する骨格(外骨格)があり、体に節がある動物の仲間。トビムシとダニは土壌で最も多い(本研究では直径10cmの円筒の中に最大1700匹以上いました)節足動物。体長2mm以下と肉眼で見えるかどうかほどの大きさで目立たない存在だが、微生物との相互作用を通じて落ち葉などの分解や森林の養分循環を支えている。
雑誌名:Plant and Soil
論文タイトル:Tree root mat development as a response to highly acidic soil shapes distinct soil microarthropod community
(酸性度の高い土壌への応答としての樹木ルートマットの発達は独特の土壌小型節足動物群集を形成する)
著者:Ryota Hayashi1, 2, Saori Fujii3, Tomohiro Yoshida4, Yasuhiro Hirano2, Tetsuya Iriyama2, Toko Tanikawa1
(林亮太1,2、藤井佐織3、吉田智弘4、平野恭弘2、杁山哲矢2、谷川東子1)
1名古屋大学大学院生命農学研究科、2名古屋大学大学院環境学研究科、3森林総合研究所、4東京農工大学農学部附属広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センター
DOI: 10.1007/s11104-025-08080-4
URL: https://doi.org/10.1007/s11104-025-08080-4
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