研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2026年 > 無花粉スギ(MS2タイプ)の候補遺伝子を同定 —花粉を作らない原因の解明に前進—
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2026年7月23日
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
新潟大学
基礎生物学研究所
岡山大学
ポイント
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、新潟大学、東京大学、基礎生物学研究所、新潟県森林研究所、岡山大学の研究グループは、スギ花粉症対策に活用される無花粉スギの一種「MS2タイプ」について、花粉形成に関わる最有力候補遺伝子を明らかにしました。MS2タイプは、花粉をほとんど作らない有用な性質をもつ一方、その遺伝的な仕組みは未解明でした。本研究では、人工交配家系の遺伝解析によりMS2遺伝子が存在する領域を第5染色体上に絞り込み、スギ参照ゲノム配列を用いて同領域内の遺伝子を調べました。さらに雄花での遺伝子発現やDNA配列の変異を解析した結果、GDSL型エステラーゼ/リパーゼ(GELP)遺伝子をMS2タイプの最有力候補遺伝子として同定しました。また、GELP遺伝子の変異を検出するDNAマーカーを開発し、MS2タイプをDNAレベルで判定する方法を示しました。本成果は、無花粉スギの遺伝的理解を深めるとともに、花粉発生源対策に向けた技術基盤として活用が期待されます。本研究成果は、2026年5月19日にBMC Genomics誌でオンライン公開されました。
スギ花粉症は、我が国の深刻な社会問題であり、花粉発生源対策として無花粉スギ(*1)を含む花粉の少ないスギ苗木を使った植替えが促進されています。特に無花粉スギへの植替えは、森林の二酸化炭素吸収機能を維持しつつ、花粉を飛散させずに木材資源を確保できる有効な対策です。
無花粉スギでは、雄花が形成されても正常な花粉ができません。この性質は遺伝しますが、種子から苗木を作る場合、親の組み合わせにより、無花粉になる個体と花粉を出す個体が一定の割合で混ざって現れます。しかも、スギが実際に花粉をつくるかどうかを確認するには、数年間育てる必要があります。そのため、苗木段階で無花粉個体を選抜するには、花粉をつくらない性質をDNAレベルで正確に判定する技術が重要です。
これまでに、無花粉スギには少なくとも5つの雄性不稔遺伝子(*2)が関わるタイプが知られています。このうちMS1およびMS4については原因遺伝子が明らかにされ、DNAマーカーを用いた判定技術の開発が進められてきました。MS2タイプ(図1)も、MS1やMS4とは異なる雄性不稔遺伝子として、無花粉スギの利活用を広げる上で重要なタイプです。しかし、MS2タイプについては、花粉形成の途中で異常が生じることや、原因となる遺伝子が存在する染色体領域は知られていたものの、その遺伝子の正体は未解明でした。そこで本研究では、人工交配家系を用いた遺伝解析、スギ参照ゲノム配列、雄花の遺伝子発現解析を統合し、MS2タイプの無花粉スギに関わる候補遺伝子の同定を目指しました。

図1 正常なスギとMS2タイプの無花粉スギの雄花の比較
正常なスギ(左側)とMS2タイプの無花粉スギ(右側)の雄花を比較しました。スギの雄花は枝先に多数まとまって付きますが、その中から1つの雄花を取り出し、ナイフで切断した横断面を顕微鏡で観察しました。四分子期(9月中旬ごろ)の正常なスギでは、花粉のもとになる細胞が4個まとまった「四分子」が花粉嚢内に観察されます(A)。一方、MS2タイプの無花粉スギでは、四分子が正常に分離せず、密に集まった異常な形態を示します(B)。成熟期の正常なスギでは、花粉嚢の中に多数の花粉粒が詰まっています(C)。一方、MS2タイプの無花粉スギでは、大部分の花粉嚢では花粉粒がほとんど形成されず、花粉粒のような粒子が形成される場合でも、それらは凝集していて一粒ずつ分離した正常な花粉のようには飛散しにくいと考えられます(D)。
研究グループは、まずMS2タイプの無花粉スギ「新大1号」を種子親とした人工交配家系を用いて花粉形成の有無とDNAマーカーの関係を解析しました。その結果、MS2遺伝子が存在する染色体上の位置を第5染色体上の約864万塩基対の範囲に絞り込みました。次に、スギ参照ゲノム配列を用いて、この範囲に存在するすべての遺伝子(91個)を抽出しました。これらの遺伝子について、花粉形成との関連、雄花での発現、遺伝子の機能に影響しそうな変異の有無を調べたところ、3つの条件をすべて満たすGELP遺伝子を特定しました。
この遺伝子はGDSL型エステラーゼ/リパーゼ(*3)という酵素を作ると予想され、脂質などの代謝や細胞外成分の形成に関わる可能性があります。無花粉スギ(MS2タイプ)では、このGELPのDNA配列に1塩基の違いがあり、その結果、酵素の機能が低下すると予想されます(図2)。植物では、花粉の表面や花粉粒子の分離に脂質成分が重要であることが知られており、GELPはMS2タイプの花粉形成の異常を矛盾なく説明することができます。
さらに研究グループは、この遺伝子の1塩基の違いを検出する簡便なDNAマーカーを開発し(図3)、「新大1号」を親にして作成した人工交配家系(この家系では、MS2タイプの無花粉個体と有花粉個体が、ほぼ一定の割合で現れます)に適用しました。解析の結果、無花粉個体はすべて、変異したGELP遺伝子(変異型)を種子親と花粉親の両方から受け継いでいました。一方、有花粉個体は正常なGELP遺伝子(野生型)と変異型を1つずつ持つパターンを示しました。すなわちMS2タイプの花粉形成異常とGELP遺伝子の変異は完全に対応していました。これにより、幼苗の段階でもGELPの遺伝子型を調べることで無花粉スギ(MS2タイプ)を選抜することが可能になりました。

図2 GELP遺伝子の同定と変異が花粉形成に及ぼす影響の模式図
(上図)MS2タイプ無花粉スギの人工交配家系を用いた連鎖解析により、原因遺伝子が存在する領域を第5染色体上に絞り込みました。この領域に含まれる91個の遺伝子を、花粉形成との関連、雄花での働き(発現)、機能に影響しそうな変異の有無から調べたところ、GELP遺伝子がMS2の最有力候補として特定されました。(下図)正常なスギではGELPが働き、雄花の中で四分子形成から花粉形成まで進みます。一方のMS2タイプ無花粉スギでは、GELPを特徴づける重要な配列であるGDSLモチーフ(*3)に変異があり、40番目のアミノ酸のセリン(Ser)がフェニルアラニン(Phe)へ置き換わっています(S40F)。この変異によりGELPの酵素機能が低下し、四分子形成から花粉形成に至る過程に異常が生じると考えられます。

図3 MS2タイプの無花粉スギを見分けるDNAマーカーの開発
S40Fの原因となる変異は、DNA配列上ではCからTへの1塩基変異として検出されます。この変異を利用して、MS2タイプの無花粉スギを判定するDNAマーカーを開発しました。変異を含むGELP遺伝子の一部をPCRで増幅し、制限酵素(HinfI)で処理すると、CとTの違いに応じてDNAの切れ方が変わります。そのため、無花粉個体(ms2/ms2)と有花粉個体ではDNA断片の長さが異なり、電気泳動のバンドパターンとして見分けることができます。これにより、雄花の形成や花粉の確認を待たずに、幼苗段階でMS2タイプの無花粉個体を選抜できます。
現在の無花粉スギは、MS1を中心に利用していますが、MS2やMS4を含む複数の雄性不稔遺伝子を利用できるようになると、成長や材質などに優れた個体と無花粉の形質の組み合わせの選択肢が広がります。これは、花粉の少ない苗木の生産拡大や、花粉発生源対策の加速に貢献すると期待されます。今後は、GELP遺伝子の機能と花粉の形成過程をより詳細に調べる研究が必要です。例えば、品種改良加速技術(ゲノム編集技術)(*4)を研究手法として用いてスギのGELP遺伝子を改変して花粉形成への影響を調べることで、MS2タイプの無花粉化の仕組みを明らかにするとともに、複数の雄性不稔遺伝子を用いた無花粉スギ活用の高度化につながると期待されます。
論文名:Positional identification of a candidate gene for MALE STERILITY 2 (MS2) by linkage mapping and transcriptomic data in Cryptomeria japonica D. Don
著者名:Saneyoshi Ueno, Yoichi Hasegawa, Tokuko Ujino-Ihara, Momi Tsuruta, Hiroyuki Kakui, Junji Iwai, Satoko Hirayama, Katsushi Yamaguchi, Shuji Shigenobu, Takeshi Fujino, Yutaka Suzuki, Masahiro Kasahara, Yoshinari Moriguchi
掲載誌:BMC Genomics
DOI:10.1186/s12864-026-12907-4
研究費:文部科学省科学研究費補助金「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(JP16H06279)」,「植物の巨大なゲノムを解読・解析する手法(JP20H03239)」,「稔性が回復する雄性不稔遺伝子の同定と生理生態(JP23H02263)」、生研支援センター・イノベーション創出強化研究推進事業「成⻑に優れた無花粉スギ苗を短期間で作出・普及する技術の開発」(課題番号28013BC)、基礎生物学研究所共同利用研究「スギの全ゲノム配列の解読(15-829, 16-403, 17-405, 18-408, 19-420, 20-428, 21-302, 22NIBB402, 23NIBB405)」
森林総合研究所、新潟大学、東京大学、基礎生物学研究所、新潟県森林研究所、岡山大学
*1 無花粉スギ
花粉の形成に異常があり正常な花粉ができないため花粉を飛散せず、林業用に植栽するスギを林業用語で無花粉スギと呼んでいます。科学用語では雄性不稔スギと呼びますが、以降では区別せずに無花粉スギとして統⼀して記します。(元に戻る)
*2 雄性不稔遺伝子
変異により無花粉スギの原因となる遺伝子を雄性不稔遺伝子と呼びます。現在までにMS1~MS5までの5種類が見つかっていますが、原因となる候補遺伝子の塩基配列が明らかにされていたのはMS1とMS4に限られていました。本研究では、MS2タイプの候補遺伝子としてGELPを特定し、その塩基配列と変異を明らかにしました。(元に戻る)
*3 GDSL型エステラーゼ/リパーゼ(GELP)とGDSLモチーフ
GELPは、英語のGDSL-type esterase/lipase proteinの略で、脂質などに含まれるエステル結合を切断する酵素の仲間です。「GDSL型」とは、この酵素群にGDSLモチーフと呼ばれる特徴的なアミノ酸配列があることを示しています。GDSLモチーフは、名前の由来となっているグリシン(G)、アスパラギン酸(D)、セリン(S)、ロイシン(L)の4つのアミノ酸を含む、GELPの働きに重要な配列部分です。特にセリンを含むこの部分は、酵素として働くために重要です。植物では、花粉表面や細胞外成分の形成にGELPが関わる例が知られています。なお、本資料ではGELPをローマン体で統一し、遺伝子と酵素タンパク質は字体では区別していません。(元に戻る)
*4 品種改良加速技術(ゲノム編集技術)
DNA上の狙った場所に変化を起こすことができる技術です。農林水産分野では、目的とする性質を持つ品種の開発を効率化する技術として利用が進められています。本研究では、GELP遺伝子が花粉形成に果たす役割を調べるための研究手法の一つとして想定しています。(元に戻る)
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