研究紹介 > 刊行物 > 研究成果選集 > 平成13年度 研究成果選集 2001 > セルロース系新材料構築のためのグルカン鎖配向の新コンセプト
更新日:2012年7月18日
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成分利用研究領域 | セルロース利用研究室 | 近藤 哲男、戸川 英二 |
セルロースは、二酸化炭素と水を原料として植物細胞内で光合成されたグルコースが、直鎖状につながったグルカン鎖からなる多糖高分子であり、それが凝集しミクロフィブリルと呼ばれる繊維体となって植物細胞壁を構成している。つまり、ミクロフィブリルのような高次の分子集合構造を形成して天然セルロースは存在し、このような高次構造はこのグルカン鎖の集合状態によって決定される。したがって従来のセルロース研究は、一定の繰り返し構造からなる「結晶」と特定の周期構造が規定されない「非晶」の二相に分けて高次構造の解析が行われてきた。しかし、最近の著者らによる研究からセルロースの高次構造は、上記の二相のみから構成されているだけでは説明できない結果が得られ、セルロースの構造の分類を新しく確立することが必要となった。その際、分子鎖の並び方は材料の性質を左右する重要な因子であり、分子鎖が並んでいる状態を意味している「配向 (Order)」が重要なキーワードである。本研究においてはこの配向の概念を、これまでには考慮されることが少なかった非晶領域にあてはめて、グルカン鎖の配向程度を基準とした分子集合構造形成の新コンセプトを提案した。
分子集合状態を制御した新セルロース材料を構築するために、著者らがその先駆体として開発したのが図1に示す水膨潤セルロースである。セルロースをジメチルアセトアミドと塩化リチウムの混合溶液中にいったん溶解し、この溶液を飽和水蒸気下でゆっくりと凝固再生させた後、水洗して水膨潤セルロースを調製した。水膨潤セルロースは水とセルロースのみから構成され、重量の90%以上が水分である。これまでには困難であった、固体セルロースの延伸による構造制御をこの水膨潤セルロースが可能にした。
延伸・乾燥させた後、X線回折を測定したところ、従来の再生セルロースには見られなかった新規な構造が構築されたことを確認した(図2)。その構造はこれまで考えられてきた、グルカン鎖の配列が三次元的に規則正しい周期性と対称性をもつ「結晶」でもなく、またすべてが無秩序な「非晶(アモルファス)」でもなかった。それは「配向」をもっているが結晶ではないという、結晶と非晶の中間領域に属する新しい構造であった。次に、高分解能電子顕微鏡観察による分子鎖の構造解析や、固体NMRの測定から得られるグルコース環の立体構造解析から(図3)、さらに詳細な三次元構造情報を得ることができた。著者らはこの新構造を有するセルロースを「ネマティックオーダーセルロース(NOC)」と名付けた。「ネマティック」とは、「一方向に分子鎖は配向しているが、他方向の周期性はない」という意味のギリシャ語源語で、主に液晶分野で用いられている。このように、NOCはこれまでの分類では説明できない分子集合構造を有することから、セルロース高次構造に関する新しいコンセプトを創り出すことが必要不可欠となった。
そこで、セルロース構造におけるグルカン鎖凝集(配列)状態を、従来の「結晶/非晶」で区分するのではなく、「配向」の程度を基準に分類するコンセプトを提案した(図4)。グルカン鎖の配向はその材料物性に大きな影響を与えることから、今後のセルロース材料の創出においては、分子鎖の配向状態の解析情報が重要になるものと思われる。このコンセプトにおいては、一つにまとめられていた非晶構造が、配向の有無により二種類に分けられ、たとえば、NOCは配向のある非結晶領域に属し、アモルファスは無配向の領域に属することとなる。そして結晶は配向領域の一形態として存在する。また結晶とアモルファスの中間に位置するNOCは、天然にも存在するものと考えられ、セルロースの結晶化や生分解機構の解明に寄与するサンプルになるものと期待される。さらにこの新コンセプトを基にすることで、セルロース材料の凝集状態をより高度に設計ならびに評価することができるであろう。
図1 高い透明性を示す水膨潤セルロース
図2 NOCのX線回折パターン(左:繊維図、右:赤道面強度図)
図3 電子顕微鏡によるNOC中のセルロース分子像(上図)と2種類のセルロースと比較したNOCの固体NMRスペクトル(下図)
図4 セルロース分子鎖集合構造のコンセプト
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