今月の自然探訪 > 自然探訪2007年 掲載一覧 > 自然探訪2007年12月 ヤブツバキ
更新日:2010年6月1日
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昔、人魚の肉を誤って食べた娘(嫁との説も)が、不老不死(千年の命)の身となり、夫や子供たちが年老いて亡くなり、自分だけが生き残るという不幸を背負い、世をはかなみ、尼になって全国各地を放浪するという伝承が全国各地に残っている。いわゆる「千年比丘尼(びくに)」「八百比丘尼」伝説で、比丘尼は、全国各地に椿、杉、松などを植えて歩いたという。この比丘尼が植えて回った椿がヤブツバキである。
ヤブツバキ(Camellia japonica)は、日本に自生する常緑広葉樹で、ツバキ科のツバキ属に属し、胸高直径は最大で30cm、樹高で15m以上にも達する高木である。日本に自生する椿は、他にユキツバキ(C. japonica ssp. rusticana)、ヤクシマツバキ(別名リンゴツバキC. japonica var. macrocarpa)があるが、いずれもヤブツバキの亜種、変種である。
ヤブツバキは、照葉樹林と呼ばれる暖温帯性常緑広葉樹林を代表する樹木の一つで、耐寒性や耐雪性は劣る。中国大陸の一部や台湾にも分布するが、日本列島においては、西南諸島から九州、四国、本州の温暖な地域を中心に広く分布する。しかし、よく見ると、日本列島におけるヤブツバキの地理的分布は不自然さが残る。西南日本において内陸部まで広く分布するヤブツバキは、暖温帯の北限域では、温暖で雪の少ない海岸線に分布が限られ、やがて断片化したヤブツバキ林が海岸線に沿って点々と続く。特に日本海側において、こうした傾向は顕著で、陸奥湾に面した夏泊半島が北限となる。しかも、こうしたヤブツバキは、海上交易の拠点となる港に面した寺社周辺に分布してるのも特徴的である。この分布が意味するところは、こうしたヤブツバキが宗教的な意味合いを持ちながら外部から持ち込まれたことを強く示唆している。ここに、八百比丘尼の椿伝説の民俗学的な背景が読み取れる。ちなみに、千年比丘尼は、故郷である若狭の国小浜に戻り(故郷は亀山との伝承もあり)、入定によって800年の生涯を閉じたと伝えられている。
椿は初冬から冬にかけて咲く。真っ赤な大きな花は、主にメジロなど鳥によって花粉媒介される。その材は炭に利用され、種子からは高品質の椿油が取れる。また、花木としても好まれ、江戸期には多くの品種が開発され、ヨーロッパに広がった。花鳥画にも多く描かれている。黒澤明の映画「椿三十郎」では、ボタと落ちる花の様を武士の死として象徴的に表現し、都はるみの「あんこ椿」は、若い女性の艶やかさを象徴した。ツバキは日本人の好きな花の一つであり、これからその花の季節を迎える。
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