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更新日:2010年6月1日

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自然探訪2010年6月 ナワシロイチゴ

ナワシロイチゴ(Rubus parvifolius

初夏、裸地化した開放的な場所に、縦横無尽に這い回るキイチゴがある。ナワシロイチゴである(写真1)。このキイチゴは、その名の通り、水田の苗代によく見られ、必ずしも森林性のキイチゴではありません。分布は、日本列島全域で見られるのみならず、東南アジア、オーストラリア大陸にまで分布します。その生活史は、先に紹介したフユイチゴの仲間によく似ており、株から匍匐性の地上茎を伸ばして、その先端部で接地した場所で、ラミートと呼ばれる娘株を形成します。匍匐性の地上茎は、二年目に開花・結実し、その後枯死します。その結果、娘株は、自動的に母株から分離され独立します。したがって、ナワシロイチゴは、モミジイチゴなどの「地下分枝型」キイチゴ類のクローン成長とは異なり、生活史の上で、独立した娘個体を形成することから「栄養繁殖(無性繁殖)」を行っていると見なすことができます。親株はもとより、新たに形成された娘株からも毎年、地上茎を伸ばし成長することから、空いた空間であれば占有し、その株数を急速に増大させることが出来ます(写真2)。さらに、他の植生が存在する場合でも、地上茎のつる性植物的な挙動は、他の植物に乗りあがり、被圧を回避することも出来ます。こうしたキイチゴ類は「布石型」キイチゴと呼ばれ、その移動性は、植物は移動しないものという概念を打ち破るものです。すなわち、ナワシロイチゴの場合、条件さえ良ければ、年に3mほどの地上茎を伸ばすことができ、その先に新たな娘株を形成することが出来ます。「布石型」キイチゴ類としては、フユイチゴ類をはじめ、ゴヨウイチゴ(写真3)、サナギイチゴ、キビナワシロイチゴなどがあります。ジャムの原料となるブラックベリー(Rubus fruticosusセイヨウヤブイチゴ)もその一つです。

ナワシロイチゴには、もう一つ変わった形態的特性があります。それは開花期の花弁に見られる特徴です。花は一般的に、受粉媒介者である昆虫類(訪花昆虫)を誘引するために進化してきたものと考えられ、花びらのディスプレーは極めて重要です。ところが、ナワシロイチゴでは、花弁が開かず、もっぱら花弁の裏側でのみ、訪花昆虫を誘引します(写真4)。同じようなディスプレーは、エビガライチゴやミヤマウラジロイチゴなどでも見られます。何を面倒がっているのか良く判りませんが、受粉効率が下がるといったことはないようです。他方、ナワシロイチゴは、さらにご丁寧にも、受粉後にガク片が閉じ、やがて果実の成長と共に開くというこんだ手口を使います。もちろん、これは果実の成長過程を他の昆虫類の被食から守るための手段と考えられます。こうして、初夏から真夏にかけて、ナワシロイチゴはルビー色の果実を実らせます(写真5)。実のところ、路端の埃っぽい場所で実をつけているところから、ほとんど人から注意を払われることはありません。しかし、この果実は大変美味く、すっぱみもあることから、ジャムの材料としては打って付けのものなのです。今年こそ、ナワシロイチゴのジャム作りにチャレンジしてください。

 

写真1:ナワシロイチゴ
写真1:ナワシロイチゴ

 

写真2:ナワシロイチゴの地上茎による無性繁殖
写真2:ナワシロイチゴの地上茎による無性繁殖

 

写真3:同じ布石型キイチゴであるゴヨウイチゴ
写真3:同じ布石型キイチゴであるゴヨウイチゴ

 

写真4:ナワシロイチゴの花
写真4:ナワシロイチゴの花

 

写真5:ナワシロイチゴの果実
写真5:ナワシロイチゴの果実

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