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更新日:2010年8月2日

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自然探訪2010年8月 ベニバナイチゴ

ベニバナイチゴ(Rubus vernus

高標高、寒冷地に生育するキイチゴ類は、そう多くはない。ベニバナイチゴはそうした数少ないキイチゴの一つで、本州中部以北の1500m以上の多雪地帯の偽高山や高山地帯の雪田周辺の湿った環境に生育する(写真1)。大きな葉と目立たないきれいな濃い紫色の花(写真2)、そして、赤く熟す果実は、キイチゴとしては大型で(写真3)、種子も、馬鹿でかい。その重量は、日本に分布するキイチゴ類の中で最大級(3.4mg)である。ただし、一つの果実に含まれる種子数はおよそ21個と少ない。ベニバナイチゴには、キイチゴ属の特徴の一つである棘(トゲ)の類が一切ない。また、温帯性の落葉キイチゴの特徴でもある1-2年での地上部の交代という生活環も持たない。一般に、高冷地、寒冷地に対する植物種の適応は、コガネイチゴやホロムイイチゴのように草本化の道である。しかし、ベニバナイチゴは、木本としての特徴を強く引きずる。即ち、他の低木類同様に、樹高成長は1~2mと限られるが、地上茎の寿命は基部で3~4年と比較的長く、枝の枯死、再生が繰り返される。他のキイチゴ類のように地上茎による無性繁殖も、地下茎によるクローン成長も顕著ではない。限りなく叢生型の低木類に近い生活型を持っている。同じように、高標高で、寒冷な環境に生育する匍匐性の草本キイチゴ、コガネイチゴとは対極をなす生き方である。
こうした高冷地に生育するキイチゴとしては異端とも思えるベニバナイチゴではあるが、仲間がいないわけではない。遠く太平洋を挟んだ北米大陸の北西太平洋岸に、その仲間がいる。サーモンベリー(Salmonberry: R. spectabilis)である。サーモンベリーは、その熟した果実の色が紅鮭の色に似ているところから付けられたとされ、系統学的にはベニバナイチゴに極めて近く、花や果実など外観が大変よく似ている(写真4、5)。ただし、地上茎はベニバナイチゴに比べ、さらに大きく成長し人の背丈を越え、しかも地上茎には多数の棘を持つ。また、太い地下茎を伸ばし、株を増殖させ、密度の高い藪を形成する。分布も低標高の北方針葉樹林地帯の、主に小河川の氾濫原に群落を形成し、容易に人を寄せ付けない(写真6)。
サーモンベリーの果実は、ジャムとして利用される。しかし、ベニバナイチゴの果実は、種子が大きく、そのまま食べるにしても、ジャムにするにしても、食用には適さないと思われる。それにしても、ベニバナイチゴのつややかで大きな葉と目立たないが可憐な濃い紫の花、あるいは橙色から紅色に変化する果実が濃霧の中に見え隠れするのは、独特の風情がある。

写真1:偽高山に分布するベニバナイチゴ。
写真1:偽高山に分布するベニバナイチゴ。
叢生型のキイチゴである。 

写真2:濃い紫色のベニバナイチゴの花。
写真2:濃い紫色のベニバナイチゴの花。
マルハナバチが有力な花粉媒介者である。

写真3:橙色から真っ赤に熟するベニバナイチゴの果実。
写真3:橙色から真っ赤に熟するベニバナイチゴの果実。

 写真4:ベニバナイチゴに似たサーモンベリーの花。
写真4:ベニバナイチゴに似たサーモンベリーの花。

 写真5:赤く熟した果実。この色からサーモンベリーと名づけられた。
写真5:赤く熟した果実。
この色からサーモンベリーと名づけられた。

写真6:河川周辺の湿性な立地に密度の高いヤブを形成するサーモンベリー
写真6:河川周辺の湿性な立地に密度の高いヤブを形成する
サーモンベリー(米国オレゴン州サイユスロー国有林)

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