今月の自然探訪 > 過去の自然探訪 掲載一覧 > 自然探訪2018年6月 雨の森が育むベニツチカメムシの家族
更新日:2018年6月1日
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雨降りしきる森のなか、ふと足元をみると、目の覚めるようなビビットな赤色に黒色の斑紋を呈した美しい虫が、せわしなく歩いていきます。まさかこの美麗な虫が、嫌われ者のあのカメムシだとは、多くの人が思わないでしょう。これは、ベニツチカメムシの雌親。よくみると、植物の小さな果実を運んでいます。ボロボロノキという植物の果実を、巣のなかに待たせた子供たちに運んでいるのです(写真1)。今回は、昆虫のなかでも珍しい子供の世話をするベニツチカメムシを紹介します。
ベニツチカメムシは、日本では、沖縄、九州、四国、などの限られた地域に生息しています。幼虫は、成虫になるまでにボロボロノキの果実を唯一の餌として利用します。雨の季節が始まる6月初旬、ボロボロノキの結実に合わせて、ベニツチカメムシの子育てが始まります。ベニツチカメムシは、雌親が単独で子の世話をします。まず。落ち葉や土の窪みに巣をこしらえ、そのなかで100個以上もの卵を産みます。卵はボール状の塊にまとめられ、雌親はそれに覆い被さるようにして、十日間以上何も食べずに護り続けます(写真2)。そして孵化の瞬間、「さあ、出ておいで」と卵の中の子供たちに呼びかけるように、身体を揺らして振動を卵塊に与えます。振動を与えられた卵塊は、雌親の呼びかけに応じて、わずか数分以内に一斉に孵化をしてくるのです。子を孵化させた雌親は、しばらくするといそいそと巣から出てきます。おなかをすかせた子供たちに与えるボロボロノキの果実を求めて、ときには林床を数十メートルも歩き回ります。雌親は、林冠の模様などから自分のいる位置を特定することができ、果実を見つけたあとは素早く正確に、幼虫の待つ巣(写真3)に帰ることができると考えられています。
ベニツチカメムシの雌親は、生涯にたった一度しか卵塊をもつことができません。そのため、雌親は子供たちに強く執着し、子供たちもまた雌親の世話に強く依存しています。雌親は数十個に及ぶボロボロノキの果実を巣に運び入れ、多くの場合、子育て中にその命が尽きてしまいます。残された幼虫たちは、次第に巣を離れ独立して自分たちで餌を探すようになり、梅雨が明ける頃には立派な成虫となります。新成虫は、夏から冬にかけてボロボロノキの近くに集団を形成して静かにやり過ごし、春を待ちます(写真4)。そして、再びボロボロノキが果実をつけるとき、ベニツチカメムシの家族が誕生し、新たな命が育まれていきます。
ベニツチカメムシの子育ては、長い休眠期間を経て梅雨のわずかな期間だけに繰り広げられる、とてもドラマチックな光景なのです。
(森林昆虫研究領域 向井 裕美)
写真1:ボロボロノキの果実を運ぶベニツチカメムシの雌親
写真2:卵塊を保護する雌親
写真3:巣のなかの雌親と幼虫(左側:ピンク色)
写真4:集団をつくるベニツチカメムシの新成虫
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