今月の自然探訪 > 過去の自然探訪 掲載一覧 > 自然探訪2020年11月 氷河期から生き残ったヤチカンバと消え去ったグイマツ
更新日:2020年11月2日
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最近は、人為による地球温暖化が問題となっています。一方、約2万年前の最終氷期の最寒冷期から、ほぼ現在の気候になった約1万年前にかけて、地球は激しく温暖化しました。北日本では、ツンドラや落葉針葉樹林に覆われていた植生が、約1万年の間に、常緑針葉樹や落葉広葉樹の森林に変わったのです。最終氷期の最寒冷期には、現在の北極周辺にみられる植物が北海道にも生育していたのですが、その多くは温暖化によって消え去りました。北海道から消え去った樹種の代表がグイマツです。一方、かろうじて生き残った樹種としてヤチカンバが挙げられます。
落葉性のマツ科針葉樹のグイマツは、現在は南千島とサハリンに分布していますが、北海道には自生していません(写真1)。グイマツの近縁種であるカラマツは、本州の中部山岳に分布しています。グイマツとカラマツおよびこれらの雑種は北海道に大規模に人工植林されていますが、もともと北海道にこれらの落葉性マツ科針葉樹はなかったのです。しかし、最終氷期には北海道にグイマツが広く分布していたことが化石からわかっています。つまり、最終氷期以降の温暖化によってグイマツは北海道から絶滅してしまったのです。
そのグイマツの美しい姿を、根室地方の別海町で見ることができます(写真2)。国後島を望む浜辺に残された「本別海一本松」です。明治7年にあった漁夫の番屋の横に生育していた数本のうち、厳しい風雪に耐えて生き残った最後の1本です。これらの木は、漁場だった南千島から取り寄せた苗から育てたと言われています。
一方、低木性のカバノキ科広葉樹のヤチカンバは、氷河期からかろうじて生き残っています(写真3)。ヤチカンバは、北海道の2か所の湿原のほか、シベリアなどユーラシア大陸東部の高緯度地域に広く分布しています。ヤチカンバが自生する湿原は、十勝地方の更別村と根室地方の別海町にあります。別海町にある西別湿原は、根釧原野にある典型的な低地湿原で、農地開発をまぬがれた貴重なヤチカンバ自生地です。
また、北海道には、北方系の低木性カバノキがもう1種あります。日高地方の様似町にあるアポイ岳のみに分布するアポイカンバです(写真4)。アポイカンバは、湿原に生える低木性のヤチカンバと山岳に生える高木性のダケカンバとの雑種に由来すると考えられています。
なぜ、ヤチカンバは生き残り、グイマツは消え去ったのか。なぜ、ヤチカンバはふたつの湿原だけで生き残ったのか。存続と絶滅の分かれ道は謎に包まれています。
(樹木分子遺伝研究領域 永光 輝義)
写真1:球果のついたグイマツの枝。
写真2:北海道根室地方の別海町にある本別海一本松と呼ばれるグイマツ。
写真3:北海道根室地方の別海町にある西別湿原のヤチカンバ。
写真4:日高地方の様似町にあるアポイ岳のアポイカンバ。
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