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更新日:2024年7月1日

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自然探訪2024年7月 安比高原ブナ二次林 ~ブナの葉消失事件の顛末~

岩手県の安比高原には美しいブナ林が広がっています。このブナ林は昭和初期に一度伐採された後に成立した二次林で、林床にはササなども少なく、森林浴にはうってつけです。新緑の季節は一段ときれいで、とても気持ちが良いです。さて、そんなブナ林ですが、ちょっと昔の2007年夏にブナの葉っぱだけが突然消えてしまう怪事件?がありました。

2枚の写真(写真1と2)を見てください。写真1が7月25日、写真2が8月7日に撮影したものです。7月にはまだ青々としていたブナの葉が、8月にはほぼなくなってしまいました。ブナ以外の樹木の葉は残っているため、褐色と緑のコントラストが出来あがりました。いったい何が起こったのでしょう?

この事件の犯人は、ガの幼虫でした(写真3)。この幼虫が大発生し、すさまじい勢いでブナの葉を食べていきました。食べるだけでなく、出す方も多く、多量の糞が林床へと落ちてきました。7月下旬には、すでに幼虫による摂食が盛んになっていたようで、糞が落下して葉に当たる音が聞こえていて、雨が降ってきたのかと思うほどでした。でもまだこのとき私は、樹冠に大量の青虫がいることも、糞が頭に降りかかっていることも気づいていませんでした。

8月に入って、やっと異変に気が付きました。林内が異常に明るくなっていたのです。葉を食べ終え、丸々と太った体長4cmほどの青虫たちは林床へと移動してきました。目が慣れてくると見えるのです。それはもう一面、青虫だらけの世界で、背筋が凍りました。

調べてみると、この虫はブナアオシャチホコといって、幼虫がブナの葉を食べる単食性の「ガ」の一種でした。国内に広く分布していて、定期的に大発生を繰り返すとのことでした。大発生した幼虫たちはその後、土の中に潜ってさなぎとなり、翌春、成虫となります。しかし、これらの幼虫のすべてが成虫になるわけではありません。林床付近には天敵昆虫であるクロカタビロオサムシが待ち構えていて幼虫を捕食します。それを逃れて無事さなぎになっても、最大の天敵サナギタケが待っています。サナギタケとは冬虫夏草の一種の菌です。この菌の寄生によるさなぎの死亡率は極めて高く、こうしてブナアオシャチホコの大発生事件は終息をむかえます。

さて冬虫夏草といえば高級な漢方薬。これだけの幼虫がいたのだから、いつか林床が冬虫夏草で埋め尽くされるのでは?これは大きなビジネスチャンスでは?と期待しながら待つこと1年。出てきましたオレンジ色の冬虫夏草が(写真4)。しかしその数はそれほど多くなく、「冬虫夏草畑」とはなりませんでした(残念…)。なお、葉を食べられてしまったブナですが、これによって枯れるようなことはなく、翌春には普通に葉を出していました。

安比高原ではその後も、ときどき幼虫数が増加することがあり、2021年夏にはかなりの食害がみられたようです。

 

(森林防災研究領域 安田 幸生)

7月25日のブナ林の様子を撮影。ブナの葉はまだ青々としていた。しかしこのとき幼虫による葉の食害は進行していた。
写真1 安比高原ブナ林の様子:2007年7月25日(葉の食害初期)

8月7日のブナ林の様子。少々食べ残しはあるが、ブナの葉がほぼ食い尽くされていた。葉が着いているのは、ブナ以外の木。
写真2 安比高原ブナ林の様子:2007年8月7日(葉の食害後期)

ブナアオシャチホコの幼虫の写真。地面付近のブナの幹にいたものを撮影。大きさは体長4cm程度。
写真3 ブナアオシャチホコの幼虫

翌年の夏、林床のところどころに冬虫夏草を発見サナギタケを掘り起こすと、さなぎから子実体が伸びている様子がわかる。
写真4 林床に生える冬虫夏草(サナギタケ)と
掘り起こしたサナギタケ(2008年7月)

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