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植物への採食が森林に大きな影響を与えるシカ(奈良県吉野郡大台ヶ原)研究資料p.35
世界的な森林の減少・劣化に対し、森林の保全と利用の両立を図る「持続可能な森林経営」の達成は、人類のみならず地球上のあらゆる生物の生存に大きく関与していることが周知される時代となりました。国際社会では平成4年(1992年)の「地球サッミト」をうけて、「持続可能な森林経営の基準・指標づくり」、「国際的な行動提案のとりまとめ」等が行われてきました。また、平成12年(2000年)に向け、国際協定となる「森林条約」や法的拘束力をもつ「国際メカニズム」等の検討も進められています。このような中、昨年12月の「気候変動に関する国際連合枠組み条約第3回締約国会議」(地球温暖化防止京都会議)では、二酸化炭素の吸収源・貯蔵庫としての森林の役割が改めて認識され、その取り扱い等についても議論が行われました。しかしながら、森林の二酸化炭素の吸収・貯蔵量については、基礎的なデータの収集法や精度等については各国毎に差異があるとともに、森林土壌中の炭素量については科学的に不明確な点も多く、二酸化炭素の吸収量等をより的確に測定する「世界共通の手法の開発」が今後の調査研究の課題として残されました。当支所がこれらに関わる調査研究に参画する機会を与えられ大変喜ばしいことと思っています。
支所管内は概して我が国の先進開発地域であり、市街化や遷都、巨大寺院の建立や農・商・工業発展のための過度の良材採取が極めて古い時代から進展してきました。そのため一部の地域では早くから人工林化が進められ、優れた先進林業地を有している反面、戦後の拡大造林による並材生産地も広範に併存しています。安価な外材の攻勢による国内林業生産活動の長期低迷が続く中で、山村地域では多様な林業政策と森林施業により森林資源の充実が模索される一方、膨大な並材の生産・加工、未経験の病虫獣害の発生、担い手不足、あるいは不在村所有森林対策など多くの問題を解決する必要があります。また、都市化・工業化の進展した地域では長期間の開発による貴重な自然生態系の衰退、断片化の進行に加え、最近の都市のスクロール化など無秩序な開発による森林の減少や放置人工林、放置里山林の増加が目立ってきており、都市域住民からは森林の環境資源・文化資源としての機能の発揮への期待が一層高まっています。
このような地域特性に対応するため、平成9年度も3大課題の下で「風致林・都市近郊林生態系の機能、都市近郊林の水土保全機能、森林の風致及び環境形成機構、断片化した森林生態系の維持・遷移機構の解明」、「多様な森林施業技術及び森林の生物害管理技術の高度化、持続的林業経営方式の体系化」、及び「地域森林資源管理手法と森林資源の総合的利用、地域森林・林業と気候変動の関連解明」などに関わる調査研究を実施し、それぞれ有効な知見、提言などを得ました。本年報は、平成9年度の当支所における研究課題一覧表、試験研究の概要、主要な研究成果、研究資料、及びその他関連資料を取りまとめたものです。これらの内容が皆様の業務にいささかでもお役に立つとともに、忌憚のないご意見を賜れば幸甚に思います。
森林総合研究所関西支所は平成9年10月31日に、開設50周年記念式典及び関連行事を各位のご協力を得て盛会裏に挙行することが出来ました。これを契機に、当支所が今後なお一層、地域に開かれた森林・林業・林産業の技術相談窓口及びPRの拠点として機能するとともに、管内の研究機関や行政機関と密接な連携を図り、試験研究の更なる深化に向けて努力を重ねる所存であります。各位の絶大なるご協力ご支援を戴きたく、心からお願い申しあげます。
平成10年9月
森林総合研究所関西支所長 高田長武
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