今月の自然探訪 > 過去の自然探訪 掲載一覧 > 自然探訪2016年2月 死してしかばね使う者あり:倒木更新
更新日:2016年2月1日
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冬の明るい森は見通しが良く、木々の幹や枝振りがはっきり見えます。邪魔な下草や灌木も、北国や高地では雪の下です。森の散策にじつは良い季節です。
温かい飲み物を用意して、雪が積もっていればスキーやスノーシューを履いて、賑やかな季節を想って静かな森を歩く。そんな時、天然林では、同じくらいの大きさの針葉樹がしばしば隣り合わせで一列に並んでいる様子が、夏よりも目につきやすいはずです。人が植えたわけでもないだろうに、なぜでしょう?。
太い倒木をじっくり見ると、朽ちた表面に小さな針葉樹がたくさん生えています。これらは種子から芽ばえた、年齢の近いこども達です。その中の何本かが成長すれば、一列に並んだきょうだいのようになるわけです。現在そびえ立つ木々も、根元が浮かんで脚の上に立つような形であることが多く、これもかつて土台となる朽ち木があった証しです。この世代交代の仕方を、倒木更新と呼びます。特に北海道のエゾマツ・アカエゾマツや、本州亜高山帯のシラベ・コメツガ等で、よく見られます。
でも、わざわざ呼び名が付くのは、それがヘンだからです。森の優占種ともなれば、膨大な数の種子が蒔かれますから、至る所にまんべんなく、様々な大きさの実生(芽生え)や稚樹がありそうなものです。しかし、上に挙げた樹種で地表に直に育つものはわずかです。実生や稚樹は、乾燥しやすくミネラルが乏しい倒木の上ばかり。こども達はなぜ大人の死体が好きなのでしょうか。
じつは、倒木上は地表より条件が良いこともあるのです。まず、せっかく発芽した実生も、ササや草本に覆われては育つことができません。何十センチかの踏み台があって、さらに腐朽し苔むして水気もあれば、またとない好適地です。加えて積雪のある地方なら、融雪が早い倒木上で、実生は一年の内でより長い成長期間を得ることにもなるでしょう。
さらに、土壌には様々な菌が生息しています。エゾマツと分布の重なるトドマツは、ササが少ない場所では地表での生育も見られ、これはその実生が病原菌(暗色雪腐病菌)に強いためと考えられています。観察によると、エゾマツもトドマツも地表にも多数の実生が現れますが、3年以上生きるエゾマツは極めて希です。
時には数十トン以上にもなる樹木の遺体は、ゆっくり土に還る過程で、次代の木々の大切な苗床となります。様々な虫や菌もまた、朽ち木で生活しながらそれを餌とします。さらに、より高次の捕食者がそれらの小さな生き物を餌資源として、豊かな森の生態系を形づくってゆきます。見方によっては、森は木々の死体が支えているとも言えます。
(森林植生研究領域 阿部 真)
写真1:(撮影 九州支所 飯田滋生)
写真2:(撮影 九州支所 飯田滋生)
写真3:根元の上がったエゾマツ
写真4:(撮影 森林植生研究領域 倉本惠生)
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