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年報第42号 試験研究の概要

研究問題XII
先進開発地域の森林機能特性の解明とその総合的利用手法の確立

関西支所では、①森林生態系の特性解明と森林の環境形成・保全機能の増進、②森林資源の充実と林業における生産性の向上、③地域に根ざした林業の発展と森林の多面的利用技術の高度化に重点を置き、次の3大課題を推進している。

大課題1 「風致林・都市近郊林を中心とする森林の機能解明」では、森林と人間との共生及び生物多様性の保全を図っていくという社会的・学術的ニーズに対応する必要があることから、森林植生、動物、土壌、渓流水、景観等を長期的にモニタリングするとともに、森林の有する多面的機能の高度発揮に資する基礎的・先導的研究への取り組みを強化した。

大課題2 「多様な持続的林業経営と施業技術の体系化」では、戦後積極的に行われてきた拡大造林は成熟期を迎え、現在では森林を健全な状態に育成して循環利用させるという行政的ニーズに対応する必要があることから、生物害管理技術及び施業技術や林業の経営方式を巡る資源の持続的利用に関わる基礎的・先導的研究への取り組みを強化した。

大課題3 「地域森林資源管理手法と森林資源の総合的利用手法の確立」では、森林の有する環境機能、文化機能などの行政的、社会的ニーズに応える必要があることから、ランドスケープエコロジーに基づく森林保全計画策定手法や気候変動が地域森林の炭素固定能などに及ぼす影響解明に関する基礎的・先導的研究への取り組みを強化した。

1. 風致林・都市近郊林を中心とする森林の機能解明

銀閣寺山国有林において、放置された落葉性二次林の遷移を調べ、過去7年間に着実に常緑広葉樹林化が進行していることを明らかにした。ヒメネズミの個体群維持は越冬期の餌資源量に強く依存し、とくに、これまで「よい餌」と考えられてきたミズナラ堅果は豊作であっても越冬生存率を高めず、ブナ堅果の豊凶が生存率を左右するという新知見を見いだした。渓流水中の鉄分の可溶化について、渓流水中の溶存有機物の果たす役割を実験的に明らかにした。森林におけるレクリエーション体験と景観体験とのサンプリング調査により、景観評価に関わる斬新な相互作用モデルが提案された。森林と鳥類群集との関係について、大台ヶ原では餌量は鳥類の個体数に影響することなく、種間の樹種選好性によって個体数維持が保たれ、食葉性昆虫の捕食によって樹木の成長を助けていることなどの点を定量的に把握した。その他の課題も計画通り進捗した。

1). 風致林・都市近郊林生態系の機能解明

(2). 広葉樹二次林を構成する種の特性の解析 (→主要成果P20研究資料P25)

銀閣寺山国有林試験地の土壌を採取し、埋土種子の発芽試験を行った。その結果、イイギリ、モチノキ属未同定種、ヒサカキ、リョウブなどの発芽が顕著に見られた。本試験地においては、アラカシとクロバイが比較的優勢な常緑広葉樹種であるが、クロバイの発芽も確認された。クロバイは撹乱があった場所での実生の出現率が相対的に高いことが前年度までの研究で認められていた。クロバイは一般に、埋土種子によりシードバンクを形成し、林分が撹乱を受けたときに発芽して個体群を維持するという機構があると指摘されている。本試験地においても同様の機構があることが予想された。一方、アラカシは実生段階で安定した実生バンクを形成するものと考えられた。

(4). 野ネズミの越冬生態と個体群維持機構との関連 (→主要成果P18)

ヒメネズミの越冬生態と個体群維持機構との関連を明らかにするため、奈良県大台ヶ原において個体群動態、餌資源量等の調査を行った。秋の生存個体数に対する越冬確認個体数の比(越冬生残率)は、96-97年および98-99年には比較的高く約3割の個体が越冬に成功したが、97-98年は7頭中1頭しか生残しなかった。また、春生まれのコホート(春仔)と秋生まれのコホート(秋仔)の間にも越冬生残率に顕著な違いが存在し、秋期まで生残する春仔の多寡が、越冬個体数に関連することが示唆された。ブナ堅果の生産量が多い年には秋期の個体数が多く越冬生残率が高い傾向が認められたが、ミズナラの豊作年であっても越冬生残率は必ずしも高くはなかった。越冬生残率の高い98-99年は、餌資源量が豊富であったことが限界採餌密度から示された。堅果消化試験の結果から、ブナ堅果は窒素利用率が70%と高質な餌であるが、ミズナラ堅果は消化率は90%程度と高いものの窒素利用率は約30%と低く、資源としての価値はブナに劣るものと考えられた。

(8). 樹木の水分通導調節による水ストレス耐性機構の解明

クロマツのキャビテーション感受性には成育段階による違いが認められ、一般に幼齢木のキャビテーション感受性は成木よりも高かった。クロマツ幼齢木、成木ともに仮道管内径とキャビテーション感受性との間には明瞭な関係がなく、両者には関係がないことが示唆された。幼齢木では樹体各部の違いは顕著でないが、成木では一年生幹、当年生幹、根の順にキャビテーション感受性が高くなっていた。このような、樹体の部位によるキャビテーション感受性の違いは、より水不足になりやすい樹体先端部でのキャビテーション発生、これによる気孔閉鎖、蒸散抑制という経路での水ストレス回避機構が存在することを示唆するものである。

(9). A0層から供給される有機物の蓄積過程の解明

日本および熱帯の計30点を用いて溶存有機物(DOC)の吸着・脱着特性を検討した。その結果、下層土は表層土に比べてDOCの吸着効率が高くDOCの脱着割合が低いことが明らかになった。また日本の土壌は熱帯土壌に比べて有機炭素含量(OC)が多い割に吸着効率は高く、非アロフェン質黒色土やポドゾル土の集積層でその傾向が顕著であることが明らかになった。日本の土壌ではOC、pH(H2O)、非晶質Al, Fe鉱物によって吸着効率が回帰され(R2=0.773)、熱帯の土壌ではOC、pH(H2O)、結晶質Fe鉱物で回帰された(R2=0.740)。両土壌ともpHが高いと吸着効率は低下し、非晶質Al, Fe鉱物は結晶質Fe鉱物よりも吸着に対する寄与は小さかった。

(10). マツ穿孔虫類寄生バチの寄主サイズ評価に関する検証

キタコマユバチによる寄主サイズの大小評価が相対的なものであるかどうかを検証するための実験を行った。昨年は寄主を生重によって3つのクラス(L、M、S)に分け、1個体の雌バチに2つのクラスを組み合わせて与え、雌個体間で次世代性比を比較したが、本年度は同一雌個体で途中から寄主サイズを変更した場合の性比変化について調べた。雌個体間の生涯性比の比較では寄主サイズ評価が相対的なものであることが判明したが、本年度の実験では飼育個体の死亡率が非常に高く、サイズ評価の相対性を解明するにはいたらなかった。

2). 都市近郊林の水土保全機能の解明

(5). 森林樹冠上の熱収支における地形要因の解明

山城町北谷国有林において同一流域内の尾根と谷に設置された気象観測タワーを用いて、森林の熱・水収支における地形要因の解明を行うための放射特性の比較を行った。その結果、水平距離で40m程度の近距離であるにもかかわらず、日中の放射収支の差は最大で100W程度になった。これは谷地形においては、谷底部の空気の混合が尾根と比較して少ないために、昼間は暖まりやすく、夜間は冷えやすいことがその要因であると考えられた。そのため樹冠直上における尾根と谷の気温についても日中で3℃程度の差が観測された。

(6). 渓流水中の微量流出元素と有機物との関係の解明

渓流水中の微量金属元素の溶出と溶存有機物の関係解明を目的に、近畿地域の森林流域の渓流水を対象に溶存有機炭素(DOC)、鉄およびアルミニウム濃度を調査した。渓流水中の鉄およびアルミニウム濃度は多くの渓流では25μg/L以下であり、DOCと鉄やアルミニウム濃度の関係は明瞭でなかった。しかしDOC濃度(>1mg/L)が高い京都府山城町北谷流域の渓流では鉄およびアルミニウム濃度がともに高かったことから、鉄およびアルミニウムの流出にDOCが関係している可能性があることが示唆された。また湿地や砂防ダム通過後の渓流中で鉄濃度(>25μg/L)が高かったので、室内実験を行ったところ還元条件下で生成する鉄イオンはDOCが共存しないと酸化して沈殿するが、溶存有機物が存在するとキレート結合によって溶存を続けることが明らかになった。

(7). 林内可燃物の燃焼特性の解明 (→主要成果P15)

林床可燃物の含水率の変化を山城水文試験地北谷流域の落葉広葉樹林下で調べた。林内に試験区を設け落葉を採取し、乾燥重量を測定して含水率を求めた。林床面蒸発量計算モデルを用いて降水量と林内日射量から林床可燃物の含水率を計算し、実測値と比較することによってモデルの検証を行った。このモデルはおおよそ現象を再現できているが、全体的には過大に再現された。これはパラメータを求めるための実験と実際の落葉層の堆積状態の違いが反映している結果になったものと考えられる。したがって、最適パラメータの同定とその物理的意味について今後検討する必要がある。

(8). 林床面における放射特性の解明

京都府相楽郡山城町内に位置する北谷国有林内において、林床面日射量の連続観測を行い、落葉期には多く、5月頃の葉の展開とともに減少している様子が観測された。簡易積算日射量測定システムのキャリブレーションを行った。日射計フィルムを、1台の林床面日射計の横に40枚程度設置した。週に1回の間隔で5枚ずつ回収し、テープに塗布してある色素の劣化度を測定し、その間の積算日射量との関係を調べた。その結果、積算日射量が280MJ/m2までの範囲では、指数関数の近似式(相関係数0.988)が、200MJ/m2以下の範囲に限れば一次関数の近似式(相関係数0.996)が成立することが明らかになった。どちらの近似式がより適切であるのか、検討を進める必要がある。

(9). 関西落葉広葉樹二次林流域における森林環境モニタリング (→主要成果P24)

森林に対する窒素酸化物等の影響を明らかにすることを目的に、京都府南部山城町北谷国有林の落葉広葉樹林二次林において降雨および渓流水の水質調査を行った。降雨pHの平均値は 5.5(最低4.4-最高6.6)、ECの平均値は6.3(最低3.4-最高7.2)mS/mと従来の測定に比べてpH、ECともやや高かった。調査地が落葉広葉樹林で鳥類などの生息数が多いために鳥糞などの異物混入が大きかったと推定された。渓流水は硝酸態窒素濃度が平均1.39(最低0.87-最高2.08)mg/Lと近畿地方の渓流水の平均値に比べて高かった。さらに硝酸態窒素は流域の上流に向かって濃度が低下する傾向がみられ、また他の成分に比べて経時変動が大きいことが判明した。

(10). 森林流域における微量成分の流出機構に関する研究

森林土壌に土壌採取装置を設置して定期的に土壌水を採取した結果、Fe濃度はA0層やA層に比べてB層で低くなる傾向を示すとともに、溶存有機炭素(DOC)濃度の上昇とともに濃度が高くなる傾向を示したがpHとは関係が認められなかった。AlはB層での濃度低下は起こらず、pHの低下とともに濃度が高まる傾向がみられたが、DOCとの関係は認められなかったが、シュウ酸を使ったAlの溶出試験ではAlはシュウ酸とキレート結合していることが推察された。また渓流水中のFe, Al濃度は増水時には流量の増加とともに濃度が高くなり、有機物の指標である紫外部吸光度(UV240)と正の相関が認められることが判明した。ICP-MASS分析によるとFeやAlに比べてZn、Mn、Cuが低濃度(平均0.005mg/L)であることが判明した。

3). 森林の風致及び環境形成機構の解明と評価手法の確立

(6). 農林業及び自然的要因が農林地の景観形成機能に与える影響の解析

農林地の景観資源に関わる人為的要因と自然的要因の2種類の基礎的データを用い、森林景観資源を適切に評価する手法を開発し、マクロインディケーターとして指標化することを目的とした。人為的要因については、被視ポテンシャルモデルを用い、自然的要因については景観の天候・季節変化の心象評価実験により景観評価のフェノロジーモデルを作成した。両者の積をマクロインディケーターとすることで、3次メッシュレベルでの景観形成機能評価値の分布図が作成され、広域スケールで森林の景観形成機能を地理的情報を用いて評価することが可能になった。また、写真による心象評価実験を通して、季節や天候変化に対する人々の認識の変化が明らかにされ、今後の景観評価研究に大きく資する基礎的知見が得られた。

(7). 林内トレイルにおける景観体験評価

京都大学芦生演習林内のトレイルを調査地として、写真投影法による実験を行うとともに、方法論的な妥当性の検証を行った。その結果、写真投影法を行動科学的な森林景観体験の調査手法として確立することができた。また、林内散策行動下で景観体験の対象となりやすい景観型が、具体的な空間のパターンとして抽出された。さらに、林地を構成する樹種の違いが景観型の選択率に影響していることや、利用者の目的や人員構成の違いによって、利用される景観資源にも相違がみられることが示された。抽出された景観型が存在する地点の情報を、GISなどで植生の状態とオーバーレイすることで、林内トレイルとしての適性評価や計画・管理への応用が期待される。また、多様な景観体験を確保したレクリエーション地域計画の必要性が示唆された。

(8). 景観-レクリエーション体験間相互作用の環境心理学的解析

写真投影法、標識サンプリング法、ビデオ記録法の各手法を用いて、レクリエーション行動中の体験内容の測定手法を確立するとともに、景観に対する心象評価とレクリエーション行動との相互作用を解明することを目的とした。各実験の結果、ある地点での満足感は、そこへ至るまでに得られた体験からくる満足感に強く規定されつつ、その地点の景観的な好ましさが加味されて構成されていることが示された。レクリエーション林における現地体験の評価には、利用者の行動と景観体験との間の相互作用が、様々な形で大きく影響しているといえる。保健休養機能の発揮のための計画には、森林レクリエーション空間を利用者の行動様式を含めて包括的に捉える視点が必要である。

4). 断片化した森林生態系の維持・遷移機構の解明と保全技術の確立

(1). 森林における鳥類群集の構造と動態のメカニズム

大台ヶ原の森林植生は、シカによる下層植生の採食と天然更新阻害のために、草本の密度と丈が低い、低木密度が低いという特徴があり、その結果、草本層や低木層に営巣する鳥の種類と密度が低かった。シジュウカラ科鳥類3種のイモムシ類の現存量変化に対する反応を調べた。1997年と1998年にブナでハバチの幼虫が大発生したが、餌量増加にともなう個体数の増加はみられなかった。各年度の鳥による樹種の選好性を調べると、シジュウカラとヤマガラがイモムシ密度の高い樹種ほど頻繁に利用したのに対して、ヒガラは特別な樹種選好性は示さなかった。ブナとオオイタヤメイゲツの両樹種において、網掛け操作実験を行い、鳥による葉食昆虫の捕食が樹木の成長に及ぼす効果を調べた。ハバチの幼虫が大発生した年以外では、対照区よりも鳥の除去区で、イモムシ密度が高い、葉の被食量が大きい、翌年度の新生シュートと葉の長さが短いという関係が得られた。

(8). 鳥獣類が森林下層部の植物群落の構造と天然更新に及ぼす影響の解明

実験開始から4年間で、シカとネズミの両方を除去した区画では、両方が存在する区画に比べて、ササの密度が1.5倍、稈長が3.5倍、葉長が2倍、乾燥重量が8倍にまで増加した。シカとネズミとササの各要因が実生の年間死亡率に及ぼす影響を調べた結果、広葉樹、針葉樹ともに、ササとシカによる有意な死亡率の増加が認められた。また、シカの採食によってササの現存量が減少した結果、ササによってもたらされる実生の死亡の減少が認められた。4年間の調査から、葉食昆虫の密度と実生の葉の被食量との間には直線的な正の関係があった。鳥の実験的除去が、葉食昆虫による実生の葉の被食量に有意な増加をもたらすことも明らかになった。また、シカ除去によって回復した高密度のササが、鳥の採食活動を妨げるために、同様の効果があることが分かった。

(9). 林床植生及び菌根に対してササが与える影響の解明

各樹種について、ミヤコザサの地上部現存量が大きくなるほど密度が低くなる傾向が認められた。ただし、生存率としてみると、ミヤコザサの現存量が大きいところでも生存率の高い種もあった。これは、その種の耐陰性が高いか、処理開始から3年を経て成育条件の悪い場所にある個体が淘汰されたためと考えられる。開空率・相対光量子束密度と実生の生存率との関係については特に明瞭な関係は認められなかった。ウラジロモミ実生の罹病葉の割合、および切断葉の割合について分散分析を行ったが、シカ・ネズミ・ササおよびそれらの交互作用はいずれも有意ではなく、2000年にはこれらの要因はウラジロモミ地上部の病害等に影響を及ぼしているとは認められなかった。

(10). 土壌の理化学性及び養分動態とササの相互関係の解明

大台ケ原の針広混交林内でシカ、ササの2要因の除去操作の有無を組み合わせた4とおりの実験小区で土壌移動量と表層土壌水分を測定した。土砂受け箱に入った各画分のうち最も多いのは細土で次に樹木葉であった。全画分の合計ではシカ除去ササあり区が最も少なかった。移動細土量はササ現存量が増加するに伴い指数関数的に減少し、ササによる土砂移動の抑止効果が認められた。地表面下6cm深の土壌水マトリック・ポテンシャルの降雨開始時の上昇や降雨終了後の減少において処理による影響が認められ、ササの現存量の違いによってササによる降雨遮断、蒸散、地表面蒸発抑制の効果が異なることが示唆された。

(11). 動植物の除去が節足動物群集に与える影響の解明

ミヤコザサ現存量と秋のオサムシ科昆虫の多様度指数H'および種数に有意な相関がみられ、ササが多いほど生息種数が多くなり、多様度が高くなったと考えられた。また、秋の徘徊性クモ類捕獲数に対して有意な負の相関がみられ、ササが多いとクモの個体数が減る可能性が示唆された。中型土壌動物は1999年まではシカなし区とあり区との間に明瞭な差が認められなかったが、2000年はシカなし区で土壌動物全体およびササラダニの密度が倍以上高く、シカの除去によって生じたササリターの増加、シカによる踏圧の除去などの環境変化により土壌動物の資源量とハビタット量が増加したものと推測された。

2. 多様な持続的林業経営と施業技術の体系化

関西地域における林業の活性化や野生生物との共生を目指し、健全で公益的機能に優れた森林管理技術の解明に取り組んだ。中課題(1)では、列状間伐が普通間伐に比べて採算面で有利なことを、シミュレーションと現地試験で明らかにした。中課題(2)では、ナラ菌について、成長の最適温度と培地条件、生理的特性の地域的違いを明らかにした。ナラ菌が集団枯損の病原菌であることを確認した。スギ・ヒノキ暗色枝枯病菌が従来のGuignardia属ではなく別属のBotryosphaeria 属であることを分子系統学的に明らかにした。マツノマダラカミキリの成長と繁殖活動の温度特性から、東北・北海道地方における50~100年後のマツ材線虫病被害予測マップを作製した。遺伝的手法により、西日本地域のツキノワグマ個体群の分断・孤立化を裏付けるとともに、隣接する京都北西部と京都南東部の個体群の間においても孤立化が進んでいることを明らかにし、当地域の保護管理の重要性を指摘した。中課題(3)では、近畿中国森林管理局管内の収穫調査から今後の人工林の長伐期化に向けた貴重な結果を提供した。既製収穫表(林野庁、1953)の改訂紀州地方スギ林林分収穫表の試案を作製した。

1).多様な森林地業技術の高度化

(2).列状間伐林の収穫予測と経営的評価 (→主要成果P19)

岡山県哲多町内の国有林に所在する27年生ヒノキ人工林に、普通(下層)間伐区、列状間伐区および無間伐区の施業比較試験地を設定した。タワーヤーダとプロセッサを使用し、直営生産による利用間伐を実施したところ、普通区と列状区の素材生産コストに大差は生じなかった。生産された素材の内訳をみると、普通区は劣勢木が中心であるため小径木・曲がり木が多く2m材の割合が列状区よりも多かった。一方列状区は集材木の平均サイズが大きいため、市場価値の高い柱適寸以上の3, 4m材がやや多く得られた。試験地周辺の市況から試算した素材単価は普通区より列状区の方が4割高く、事業収支は両区ともマイナスであるものの、列状間伐の方が大幅に収支が改善されることを再確認した。

2). 森林の生物書管理技術の高度化

(1). 虫害情報の収集と解析

森林・苗畑・緑地などにおける昆虫による林木被害の発生動向を全国規模で把握・解析するとともに、昆虫被害の発生予察体制を確立し、虫害の管理モデルを開発することを目的とする。虫害発生情報については、支所から送付した全国統一様式の調査票によって近畿中国森林管理局および管内府県から収集した。平成12年度に受け取った調査票(虫害分)は5件で、11年度よりも減少した。収集された調査票の内容を全国の発生情報とともにデータベース化して、結果を「森林防疫」誌上に随時発表した。12年度とくに注目されたのは、マイマイガの大発生で、日本海側を含む近畿、また山陽、瀬戸内海島嶼部より大発生の報告があり、今後数年その動向の監視が必要である。

(2). 獣害発生情報の収集と解析

本年度に受け取った被害報告は1件であった。京都市におけるニホンジカのスギ造林木被害で被害面積は0.2 haであった。

(3). 病害発生情報の収集と発生動向の解析

平成6~12年度に発生した重大な森林病害としては、日本海沿岸地域から滋賀県にかけて発生したナラ類の集団枯損があげられ、原因究明に向けた調査が行われた。平成11年には和歌山、奈良、三重県境で新たな被害が確認され、太平洋側への被害拡大が懸念されている。平成6年夏の記録的異常渇水のあと、スギ褐色葉枯病、スギ、ヒノキ暗色枝枯病の発生が増加した。林木の病害としてはヒノキ漏脂病、樹脂胴枯病とともに、これらの恒常的発生が見られるが、流行病的な被害はほとんどない。むしろ庭園木や緑化樹の被害報告が目立っている。また、シキミ、サカキは山取りから植栽による生産に変わりつつあり、今後両種の病虫害に関する問い合わせが増えると予想された。

(10).萎凋に至るナラ類の細胞生理学的変化の解析

ナラ菌(Raffaelea sp.)接種によるナラ類木部の変色と水分通導の停止は、接種穴よりも深い位置まで認められたが、接線方向には拡大しなかった。ただし心材の周囲でやや拡大しやすい傾向があった。含水率の低い部位で菌の分布拡大が容易であったと推測される。Raffaelea sp.が再分離された個体では変色域が広かった。しかし辺材全体が変色することはなく、樹液は変色部とその周囲の通水阻害部位を迂回して上昇し、萎凋を起こすほどの水分欠乏には陥らなかった。自然感染では、菌糸は樹幹内のカシノナガキクイムシの孔道を伝って縦横方向に分布域を広げ、変色部位が拡大しやすい。しかし人工的な穴への接種では、菌は繁殖経路が限定され、自然感染と異なることを認識する必要がある。

(11). ナラ類集団枯損に関連する菌類の生理学的性質の解明 (→主要成果P17)

ナラ類集団枯損で樹木の枯死を引き起こしていると推測される糸状菌、ナラ菌(Raffaelea sp.)の成長適温は、菌糸体の乾燥重量を指標とすると20~25℃、菌糸成長の速さを指標とすると25~30℃であると推定された。ポテトデキストロース寒天、麦芽寒天、コーンミール寒天の3種の培地のうち、ナラ菌の成長にはポテトデキストロース寒天が最も適していた。ミズナラ苗木の辺材、内樹皮の熱水抽出物を寒天培地に添加すると、とくに成長の阻害は見られず、菌糸体の重量は増加する傾向が見られた。すなわち、材の抽出物はナラ菌の栄養となりうること、熱水抽出物には抗菌性がないことが示唆された。ミズナラ苗木の組織中でのナラ菌の軸方向への菌糸成長の速さは、25℃において約8.3mm/dayであった。しかし、この値についてはさらに検討する必要がある。

(12). ナラ類の萎凋・枯死過程における水分生理機能の解明集団

集団枯損被害地でのナラ類樹木、および枯損の原因と考えられる糸状菌(ナラ菌、Raffaelea sp.)を接種したコナラ苗木で水分生理に関する測定を行った。被害地のナラ類は特に水ストレスは受けておらず、樹木の水ストレスによりカシノナガキクイムシのマスアタックが引き起こされるわけでもないと推察された。ナラ菌の接種によりコナラ苗木で樹体の水分通導阻害が生じた。枯死後にナラ菌が再分離された苗木があった。被害地の枯死木は、カシノナガキクイムシのマスアタック後に水ポテンシャルが急激に低下して枯死に至った。同様に、苗木の枯死過程でも水ポテンシャルの急激な低下がみられた。これらの結果は、ナラ菌がナラ類集団枯損において樹木の枯死を引き起こす病原菌であるとの仮説を支持するものである。

(14).森林病原菌類における系統分化及び遺伝的多様性の解析 (→主要成果P23)

スギ・ヒノキ暗色枝枯病菌Guignardia cryptomeriaeは現在の分類体系下ではBotryosphaeria属に所属すると考えられているが、今日まで再検討は行われていない。そこでrDNA ITS領域の塩基配列に基づく系統解析による検証を行った。その結果、日本産広葉樹等病原性Botryosphaeria属菌、海外産Botryosphaeria属菌との系統関係から本菌がBotryosphaeria属に所属することが支持された。また、本菌の中に2つのグループの存在することが示された。

(15). 生立木樹皮下のスギカミキリに対する寄生バチ放飼試験

スギ生立木に穿入したスギカミキリ幼虫に対するヨゴオナガコマユバチの寄生率を明らかにするため、昨年に引き続きスギカミキリ孵化幼虫を接種したスギ健全木を用いた放飼試験を行った。それぞれの材料をハチ放飼(網掛け)区、無処理区(開放)、天敵排除区(網掛けのみ)の3つに分け、6月下旬から8月下旬にかけて樹幹内のスギカミキリ生存率の変化を調べた。健全木に接種したスギカミキリ幼虫は、ほとんどの個体が樹脂によって若齢の段階で死亡していた。健全木の外樹皮部に穿孔する若齢幼虫に対する寄生が少数例認められたが、このような幼虫はハチの寄主として好適でないことが推察された。

(17). マツノマダラカミキリの天敵サビマダラオオホソカタムシの生態と寄生能力の解明 (→主要成果P22)

サビマダラオオホソカタムシのマツノマダラカミキリ穿入丸太への野外網室内放飼試験を行った。ホソカタムシ卵を放飼した結果、供試丸太14本に穿入したマツノマダラカミキリ幼虫に対する平均寄生率は49.7%であった。ホソカタムシの産卵のピークは5月下旬~6月中旬にかけて認められた。丸太ごとの寄生率は0~100%とばらつきが大きく、これは一部の丸太でホソカタムシ幼虫の寄生以前に材内のマツノマダラカミキリ成虫の羽化脱出が始まったために、寄生率が低くなったためと考えられる。

(18). 気候変動に伴うマツ材線虫病被害危険区域の変化予測

マツ材線虫病被害は媒介者のマツノマダラカミキリ(以下カミキリ)の生活環が全うできない低温条件によって現状以上の拡大が抑えられている。地球温暖化に伴う気温上昇にカミキリの生息可能地域の拡大、ひいては被害地域の拡大が懸念される。2次メッシュ精度での月別平均気温の平年値のうちから、5~10月の平均値(マツノマダラカミキリの成長速度に関わると考えられる)および7,8月の平均値(成虫の繁殖活動の成否に関わると考えられる)がそれぞれ18.4℃以上、22.3℃以上の地域と現在の被害地域とを比較検討することにより、予測値に基づく将来の危険区域をマップ化した。

(19). 関西地域のツキノワグマにおける遺伝的な特性に基づく地域個体群の判別

遺伝的多様性について安定した結果を得るのに十分なサンプル数(40~50個体)が得られた西中国山地個体群(46)、京都北西部(56)、及び京都南東部(65)について、6種のマイクロサテライトDNAマーカーを用いて、遺伝的多様性(対立遺伝子数、ヘテロ接合体率)及び個体群間の遺伝的距離を分析した。対立遺伝子数は、西中国山地で16、京都北西部で23、京都南東部で26であった。ヘテロ接合体率は、京都北西部が最も低く0.345であり、西中国山地は0.359で京都北西部と同程度であった。京都南東部は最も高く0.461であり、遺伝的多様性が最も高く保たれていた。3個体群の遺伝的距離は、京都北西部と京都南東部個体群間で近く、京都両個体群と西中国個体群間で遠かった。しかし、京都北西部と京都南東部個体群間の遺伝的距離も有意にゼロから隔たっており、遺伝的に同一集団とは見なせないことが判明した。以上の結果を総合すると、西中国山地個体群は遺伝的多様性が低く、孤立した小集団であることが遺伝学的に裏付けられた。また、従来同一集団と考えられてきた北近畿個体群は、京都北西部と南東部で遺伝的に分離でき、京都北西部個体群の遺伝的多様性は西中国山地個体群と同程度まで低下していることが明らかになった。

3) 持続的林業経営方式の体系化

(3). 関西地域における収穫試験地資料を用いた長伐期林の暫定収穫予測 (→研究資料P29)

研究期間を通し、合わせて10団地18試験区の収穫試験地の定期調査を行い、現有のデータベースに追加するとともに、調査結果の概要を森林総合研究所関西支所年報上に公表した。また、表計算ソフトを使用した新たなデータベースシステムを構築した。紀州地方スギ林林分収穫表(林野庁1953)と適用地域内の6試験区の林分成長経過を比較したところ、収穫表と試験地との不適合は、主として本数減少曲線の相違に由来することが分かった。そこで6試験区の資料を用い、主林木直径-主林木本数間のべき乗式を修正して既製収穫表の改訂を試みた。改訂収穫表の主林木幹材積合計は、50年以上の高齢級に達してもなお旺盛な成長を示した。また平均成長量の最大期がオリジナルよりも遅延し、その後の減少が緩やかな様子も再現できた。

(5). 里山及び都市近郊林の所有・管理実態の解明 (→研究資料P33)

京都市近郊では、竹林管理放棄による竹林の外延的拡大問題が生じている。このため、タケノコ生産者を対象とするアンケート調査・現地聞き取り調査を通して、主としてモウソウ竹林の管理・経営の実態を探った。タケノコ生産を目的とした竹林経営の問題点として生産農家の8~9割が「タケノコ価格の低迷」を挙げ、次いで65%前後の農家が「機械化が困難で重労働」であることを指摘。さらに生産者の高齢化等の「担い手問題」がある。竹林が放置状態に至った理由も、「タケノコ・竹材の販売不振・価格低迷」、「タケノコ生産の重労働性」「担い手問題」が指摘されており、経営問題がストレートに反映していることが分かった。都市近郊立地を活かして、都市民ボランティアも組み込んだ、新しい竹林利用・管理の仕組みが求められている。

3. 地域森林資源管理手法と森林資源の総合的利用手法の確立

里山の今後の保全のための基礎的研究として、滋賀県比良山系をモデル地として、里山の空間的実態を把握するため地理情報をはじめ、社会的・政策的な項目のデータベース構築を行うとともに域内に調査用固定プロットを設けた。また、里山保全の重大要素である住民による環境認識と、変容する里山ランドスケープの相互作用について、宮津市上世屋地区を例に解析を行った。森林の炭素固定能の変動を評価するためのシミュレーションモデルを銀閣寺山国有林の固定調査区データを用いて検証し、林分全体のバイオマスは一旦増加するものの後には減少するという予測が得られた。北谷二酸化炭素動態観測施設において、CO2フラックスの季節変化の実測値が得られた。滋賀県内の水文試験地を用いて、大気-森林間のCO2、エネルギーフラックスを高い精度で推定する方法論の検討が開始された。

1). 森林諸機能の総合化手法の開発

(2). 里山複合体における空間構造の解析と地図化手法の開発

滋賀県志賀町に設定した調査地域の精細な植生図の作成と、その経時的な変化を解析するために、1970年代から90年代にかけて、概ね10年間隔で撮影された三つの時点での航空写真の読み取りを行った。また、航空写真より読み取った植生情報の校正と、景観要素別の植生のより詳しい検討を行うために、調査地域内約40ヶ所に10×40mの固定プロットを設け、毎木調査を行った。その結果、地域内の森林は、針葉樹人工林、アカマツ林、コナラの優占する広葉樹二次林、アベマキの優占する広葉樹二次林に大別された。

(3). 住民による環境認識と里山ランドスケープの相互作用の解明

1960年代以降の丹後半島における里山ランドスケープを対象に、構成要素の面積、地形、植生、土地利用とそれらの変化を把握し、里山-集落系内での自給・循環型資源の利用・管理形態を明らかにした。その結果、地域独自の自然、社会環境のもと、利用目的に応じた地域資源の空間的な配置、利用規模、頻度があり、それぞれの地域資源が必然的な合理性をもって分布してきたことが明らかになった。そして地域資源の流れは、1)煮炊き・暖房などの日常生活に関わるもの、2)農業・林業など生業、現金収入に関わるもの、3)ライフサイクルに関わる非日常的イベントに対応するもの、4)ライフサイクルに関わらず突発的に生じる非日常的事態に対応するもの、に区分された。

2).地域森林資源の総合的利用のための管理計画手法の開発

(2).森林動態モデルによるCO2固定能評価手法の開発

ZELIGをもとに作成した林分動態モデルについて、銀閣寺山国有林試験地の6年間の変化をおおよそ再現できるようにパラメータの調整を行った。その結果、ある程度まで実際のデータに近い値が得られるようになった。このパラメータを用いて、60年後までのシミュレーションを行った結果、アラカシが優占度を高めていく可能性が高いことが予想された。またこの過程で林分全体のバイオマスはいったん増加したのち減少するという予測が得られた。これは、落葉広葉樹などの樹種の減少によるものと考えられた。ただし、定量的な評価を行うにはパラメータの妥当性についてさらに検討する余地があるものと考えられる。

(3). コナラ・ソヨゴ林における大気-森林系CO2フラックスの解明 (→主要成果P16)

開葉期全般にわたって、LAIと下向きCO2フラックスの間には高い相関が見られた。また、落葉期にも常緑樹の光合成によると考えられる下向きCO2フラックスが認められた。しかし、本年度は例年に比べて夏期の降水量が少なく、8月には水分の欠乏によると考えられる光合成量の低下が起こった。一方、9月の集中観測において土壌チャンバーと葉群チャンバーで求めたCO2フラックスの波形と乱流変動法によって求めた波形を比較した結果、両者はよく一致した。乱流変動法による観測は、群落の光合成環境をよく反映していると考えられた。

(4). 暖温帯針葉樹林における炭素固定能の変動機構の解明

滋賀県草津市一丈野国有林内に位置する桐生試験地(京大が管理・運営)において、潜熱・顕熱・CO2の渦相関法による評価のための乱流変動観測と、潜熱・顕熱のボーエン比法による評価のための観測を行った。渦相関法とボーエン比法によるフラックスの計算値を比較した。その結果、顕熱については両者はよく一致した。夜間も比較的良好に一致している。それに対して潜熱については、渦相関法による計算値はボーエン比法によるそれよりも大変小さかった。